2017-11

2017・6・24(土)下野竜也指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

      東京オペラシティ コンサートホール  2時

 シティ・フィルは━━制作費の関係もあるのだろうが━━定期公演の客演指揮者には、邦人指揮者のみを招いてラインナップを組んでいる。だが、これはこれで一つの見識である。
 今日は、広響音楽総監督の下野竜也が客演した。プログラムは、フンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」前奏曲、ワーグナー~ヘンツェ編の「ヴェーゼンドンク歌曲集」、ドヴォルジャークの「交響曲第6番」。コンサートマスターは戸澤哲夫。

 下野とシティ・フィルの演奏はもちろん良かったけれども、私が今日、最も心を打たれたのは、「ヴェーゼンドンク歌曲集」における池田香織の歌唱だった。
 ドイツの現代作曲家ハンス・ヴェルナー=ヘンツェがオーケストレーションを施したこの版は、モットルらが編曲した版に比べて短3度低くなっている。この低い音群を、池田香織は、素晴らしく深みのある声で歌って聴かせてくれた。第1曲の「天使」の冒頭、力のある陰翳を帯びた声が響き始めた時の衝撃は筆舌に尽くし難い。これが、昨年イゾルデを歌った同じ人の声なのかと━━。
 音域の広いことでは以前から定評のあった彼女だが、今回またもや彼女の素晴らしさを更に認識させられた。さながら、日本のワルトラウト・マイヤーといったところだろう。

 さて、下野とシティ・フィルの方も、すこぶる厚みのある音で、壮大な演奏を繰り広げていた。
 下野のドヴォルジャークの交響曲は、以前にも読響との演奏でいくつか聴いたことがある。その時と同様、今回も正面からシリアスに取り組んでいた。形式と構築に些かまとまりを欠くきらいのあるこの交響曲にさえ、がっちりとした形式性を与えてしまう感があるのが、下野の指揮である。
 これは、どういう秘策によるものか判らないけれども、要するに俗な言葉で言えば、彼の「まとめ方」がうまいということになるのだろう。

 「6番」は、「3番」「4番」とともに、ドヴォルジャークの交響曲の中では私の好きな曲だ。ゆったりと弾むように始まる、あの「七里ヶ浜の哀歌」(真白き富士の嶺)そっくりの主題からして快い。今日は、その主題をはじめとして、壮大で密度の濃い演奏が繰り広げられた。
 第1楽章の提示部をスコアの指定通り、几帳面に反復するのも彼らしい。以前、小さい子供相手のコンサートで、騒がしくなる場内をも気にせず、モーツァルトの交響曲をすべて反復指定通りに長々と演奏し、「こういう時はリピート無しでいいんじゃないの?」と疑問を呈した私に、「いや、(オリジナルの)ちゃんとした形で聴かせないと」と言い張った彼を思い出して、フッと可笑しくなった。

 シティ・フィルも堂々とした演奏だし、アンサンブルもソロもしっかりしている。本番のみならず、開演前のロビー・コンサートでの若手3人の演奏も、熱のこもったものだった。
 これだけいい演奏をしているにもかかわらず、このオケの定期は、お客の入りがいまだに不満足な状態にある、というのがなんとも残念である。フォローするファンはもちろん多いようだが、その数がもっと増えないと・・・・せめて毎回平均7割の入りまで持って行きたいところである。私がやきもきしてどうにかなるというわけではないけれども━━。

コメント

集客

楽団の広報下手もあるでしょうが、東京のクラシックファンの保守性・ブランド指向が一番の要因ではないでしょうか
オケ連のデータ(2015)によるとTCPOの会員数は580名、オペラシティのコンサートホールで言えば3割5分程度です
一方、老舗団体、例えばJPOでは東京金・土、横浜合わせて4800名、単純に一つのシリーズ当たりに均せば約1600名、オペラシティの座席数と同じです
シティ・フィルの会員数が突然飛躍的に増える訳もなく、7割集客するというのが如何に大変か分かります

音楽鑑賞考

下野竜也は2年前大分で日本フィルとのブラームス2番、今年3月福岡で読響とのブルックナーの7番を聴きました。特にブルックナーは大変感動的でした。下野氏はいろいろ読むと、また外見的にも実直、質実剛健な感じで、例えば上岡敏之氏などよりあくまでも個人的には好感を持ってます。今回のモーツァルトの提示部のリピートに対する下野氏のコメントにも、芸術家としての実直な考え方が垣間見えるような気がします。もちろん東条先生のおっしゃるように、「こんなときは」あるいは「こんなときでなくても」提示部のリピートを不要とする考え方もあることは知ってます。私自身は一リスナーとして強いこだわりはありませんが、簡単には「そんな細かいことはどうでもいい」とは言えない興味深いテーマだと感じます。また、一緒にするのはおかしいかもしれませんが、吹奏楽コンクールやフィギュアスケート等でクラシック音楽が原型を留めずつぎはぎ、ぶつ切りにされたりするのは仕方ないとはいえかなりの違和感を持ったり、クラシック音楽初心者に名曲ダイジェストのCDはいいとしても、いつまでもそこにとどまるのでは本当の楽しみ方とはいえない。少し退屈や苦痛を感じてもオリジナルを聴く段階を経て、音楽だけが持つ楽しみや喜びを知ることにつながるというようなことはよく考えます。かく言う私自身もまだまだ初心者に近いのであり、下野氏に感じるのと同じ実直で真摯かつ貪欲に、これからも音楽を楽しみたいと、提示部のリピートのこととは少しかけ離れましたが、そんなことを考えました。

シティフィル・ゴーアー様 おっしゃること興味深く拝読しました。かつて何かの雑誌でブログ主の東条先生が「東京にオーケストラが多すぎる」という意見に対して、いくつかの理由を挙げて論理的に反論されていたのを拝読し、成る程と納得した記憶があります。(間違っていたらご容赦下さい)。シティフィル様のおっしゃることもそのとおりなのだろうと思いますが。私は地方在住で東京の事情を詳しくは存じませんが、経済的理由で複数のオーケストラの会員になるのが難しいということはないでしょうか? もしそうであれば、東条先生の見解に反論するつもりは毛頭ありませんが、東京周辺のクラシック音楽ファンの絶対数に対してオーケストラの数が多すぎて、後発のオケが会員あるいはお客集めに苦戦するのかなと思いました。いずれにせよ地方のクラシック音楽愛好家には東京のオーケストラの活況ぶりが羨ましい限りですが。

たしかに聴衆の少なさは気の毒になるくらいです。5月の定期での高関健指揮のブルックナーの交響曲第3番(第2稿)や今回の下野竜也指揮のドヴォルザークの交響曲第6番などは、曲目も意欲的ですし、演奏もよかったと思います。それがまだ集客に結びついていないようなのが残念です。東京シティ・フィルは高関健体制になって、過去のレパートリーの空白部分を埋めているところだと思います。そのような地道な努力が聴衆に認められる日が来ることを願っています。

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