2017-09

2017・6・21(水)大野和士指揮東京都交響楽団

     東京芸術劇場コンサートホール  2時

 平日マチネーの定期は、東京でもどうやら定着したらしい。結構な客の入りだ。音楽監督・大野和士の指揮となれば尚更だろう。大雨・強風の悪天候の中でも、これだけ集まって来る。その熱心さには心を打たれる。
 今日のプログラムは、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」、ダンディの「フランスの山人の歌による交響曲」(ソリストはロジェ・ムラロ)、ベートーヴェンの「田園交響曲」。コンサートマスターは四方恭子。

 作品の持つ標題性のみならず、曲想の点から言っても、これは一貫性のあるプログラミングで、いかにも大野と都響らしい企画である。演奏も引き締まって、近年の都響の快調ぶりを示していた。
 もっとも、管のソロには2つ3つの危ないところもあったが━━人間のやることだから間違いはつきものだし、普段は私もこんなことには触れぬクチなのだが、何しろ今日のは、オヤこんなこともあるのかと呆気にとられるような事例だったので、つい、━━しかし都響の演奏は、全体としては極めて鮮やかで、胸のすくような出来であった。そして、その奏者も、そのあとは見事なソロを繰り広げてくれたのである。

 「牧神の午後━━」は、官能的とか夢幻的とかいった柔らかい雰囲気とは違い、もっと輪郭の明晰な表情に満ちたものだが、ドビュッシーの音楽はそんなことで揺らぐような世界ではない。
 「フランスの山人━━」は最初のイングリッシュ・ホルンの歌があまりに豊麗で朗々としていて見事なのにハッとさせられ、これで演奏の印象が決まる。ピアノはオーケストラの中央に配置され、コンチェルト・スタイルでなく、オケの楽器の一つとしての位置づけだった。ロジェ・ムラロの清澄な演奏をリサイタルに先立って聴けたのは嬉しかったが、オケは、最強奏になると、音色が粗っぽくなる。

 だが後半の「田園」になると、演奏は、実に緻密になる。この曲だけ念入りに練習したのかと思わせるような━━。本当に、驚くほど楽々と演奏されて行く、という感じである。
 このように割り切った活気のある演奏は、気持がいい。といって、勢いに任せて細部が疎かになることは決してない。それどころか、和声的にも旋律的にも、そしてデュナミークの対比の点でも、この上なく丁寧に組み立てられた「田園交響曲」というべきだろう。
 第1楽章展開部で、主題の音型が転調を重ねながらいつ果てるともなく反復されて行く個所など、大野と都響がスピーディに、かつ正確に表情を変えて行くその鮮やかさには魅了される。

 第2楽章でも、その転調の美しさにはうっとりさせられたが、━━最も美しい最弱音に陶酔しているさなかに、固い物が床に落ちる音や、2階席前方のすぐ傍から無遠慮な大きな咳が轟くとギクリとさせられてしまい、感興が削がれること夥しい。
 が、そんなことは措いて、この「田園」は、明晰で率直で、精妙さと剛直さがうまく合体した快演だったと申し上げてよいだろう。音量的にも感興的にも、全曲のクライマックスが第5楽章に置かれて効果を上げていた。
      音楽の友8月号 Concert Reviews

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/2730-93416817
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

カテゴリー

全記事表示

全ての記事を表示する

RSSフィード

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」