2017-08

2017・6・16(金)アレクサンドル・ラザレフ指揮日本フィル

      東京文化会館大ホール  7時

 陽気な鬼将軍ラザレフは、首席指揮者を退いた現在では、桂冠指揮者兼芸術顧問の肩書を贈られている。
 相変わらず賑やかで慌しいステージでの挙止の親しみやすさもさることながら、彼が振ると日本フィルのアドレナリンもひときわ上昇するようで、その演奏は常に熱っぽくなるから、聴いていても楽しい。しかも、トレーナーとしても優れた手腕を持つラザレフである。彼の存在は、日本フィルにとって、今なお貴重だ。

 今日の定期は、「ラザレフが刻むロシアの魂」シリーズの一環。前半には、グラズノフのバレエ音楽「お嬢様女中」が演奏された。
 これはまた、珍しい曲をやってくれたものである。ナマで聴くのは、私も今回が初めてである。1898年に作曲された50分近い長さの作品で、まあ正直言ってさほど━━翌年作曲された「四季」ほどには出来のいい曲とも思えないけれども、ラザレフが日本フィル(コンサートマスター扇谷泰朋)から引き出した表情豊かな、躍動的な演奏は、実に多彩で、面白かった。
 こういうレパートリーを取り上げ、紹介した指揮者とオケの意欲的な姿勢は、見上げたものである。

 第2部はプロコフィエフで、「ピアノ協奏曲第1番」(ソリストは若林顕)と「スキタイ組曲《アラとローリー》」が演奏された。この二つも、日本の演奏会で取り上げられる機会は、意外に少ないものだろう。
 いずれも作曲者の20歳代前半、野心的で熱烈で、奔放な精神にあふれた曲想だから、ナマで聴くとすこぶる痛快である。だが、それにしても、この2曲における演奏は、良くも悪くも、かなり荒っぽいものだった。

 コンチェルトは、アシュケナージの入れたCDなどを聴くと、もう少し流れるような美しさもある曲なのだが、今日はピアノとオーケストラの猛然たる決闘の如き凄まじさを感じさせた。
 「スキタイ組曲」のほうは、もともと凶暴極まる作風であることは、ゲルギエフのCDで先刻承知だ。が、これも演奏はかなり粗っぽいところがある。なりふり構わず、遮二無二怒号咆哮しつつ突進する、という具合で━━。

 ともあれ、明日の演奏では、もう少しバランスも良くなるだろう。いつも初日の演奏が、熱意が先行してアンサンブルも粗っぽくなるのは、日本フィルのお家芸(?)だ。しかしその中でも、叙情的な個所での弱音の個所などでは、ハッとさせられるほど美しいものがあったことは確かである。

コメント

私のような地方在住(大分市)のクラシック音楽ファンにとって、40年以上欠かさず毎年一回(2月頃)九州公演に来てくれる日本フィルの存在は奇跡のようにありがたく、また敬意を表すべき取り組みだと改めて思う今日この頃です。最近いくつかのブログを拝読するようになって、東京のクラシック音楽シーンの活況ぶりを羨ましく思うと同時に日本フィルの批評も目にすることも多く、なるほどと勉強になります。ラザレフとのコンビでは5年ほど前九州公演でチャイコフスキー5番等を聴きました。1楽章の部分的にかなり珍しいと思われるテンポの設定など印象的でした。来年のプログラムがそろそろ楽しみです。

ラザレフのちょっとした魔法

初めて聴く曲、或いは滅多に聴くことのない曲というのは、ここはどうやるんだろうとか、ここでそれはないよなぁとかはまずないわけで、普通であれば曲を追いかけるのが精一杯、なかなか楽しむところまで行きません。ところがラザレフはダイナミクスの幅が大きく、流れの作り方が芝居じみたところもあったりなにか大きな揺れを感じて乗ってしまいます。聴いているだけでわくわくするわけで、曲の出来不出来にかかわらず存分に引き込まれて楽しめてしまいます。ちょっとした魔法ですね。「お嬢様女中」ってひょっとすると隠れた名曲だったのか?と昨日(土曜:2回目)真剣に考えてしまいましたから。

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