2017-06

2017・6・11(日)愛知祝祭管弦楽団「ヴァルキューレ」

      愛知県芸術劇場 コンサートホール  3時

 アマチュア・オーケストラの愛知祝祭管弦楽団(団長・佐藤悦雄)が挑む、昨年9月11日の「ラインの黄金」に続く「指環ツィクルス」第2回。
 昨年同様セミ・ステージ形式上演で、ハープ6台を加えたフル編成の本格的な演奏である。コンサートマスターは高橋広(副団長)。

 音楽監督・三澤洋史が、今年も彼らプレイヤーたちを見事に巧くまとめた。音楽的には、素っ気ないほどイン・テンポで畳み込む指揮だが、ワーグナーのオペラに必要な緊迫感や情感は充分に備わっている。特に第2幕後半における劇的感覚には優れたものがあった。

 東京ではかつて「あらかわバイロイト」の例があったにしても、アマ・オケが「指環」全曲上演を試みること自体、大変な偉業に違いない。だがアマ・オケ特有の熱気で、「火事場のナントカ」というのか、いざ本番となると体当たり的な快演を聴かせるのが立派だ。請負仕事でオペラをやるプロのオケなどよりも、遥かに勢いのある演奏を聴かせてくれる。
 第1幕冒頭の嵐の音楽から、重厚な弦の響きが凄い勢いで噴き出して来て、これはいける、という雰囲気に聴衆を巻き込んでしまうのである。

 もちろん、勢いに乗って力任せになり過ぎるところ(第3幕)もあるし、もう少し練習すれば何とかなるだろうになあ、と思わせるところも、ないでもない。
 「ラインの黄金」とは比較にならぬほど精緻複雑なオーケストレーションをもつ「ヴァルキューレ」の音楽であれば、オケ全体のバランスやアンサンブル、管のソロなどには、いろいろ問題も目立って来る。特に第3幕では、金管の重要なモティーフが全く浮き出て来ない個所も少なからずあった。

 一例をあげれば、ヴォータンに一喝されてヴァルキューレたちが逃走して行く場面でホルンやトランペットなどが吹く、ばらばらになって遠ざかって行くはずの「ヴァルキューレの動機」がほとんど明確に聞こえなかった、という類だ。
 また、気負いのせいか、モティーフやフレーズが前のめりになって、何分の1拍か先に出てしまう━━ように聞こえる━━個所が数多くあり、したがってリズム感が曖昧になるということも多かった。

 こういう点、アマ・オケといえど、おカネを取って聴かせるからには、演奏には責任があるだろう。
 ━━とはいえ、心情的には、前述のように演奏の熱気が並大抵のものではないため、微笑ましく聴いてしまうのは事実だが。

 全体の中では、第2幕が最も優れた演奏だった。特に後半の「死の告知」がこれだけ美しく、しかも心の籠った演奏に感じられた例は、私の聴いた範囲では、決して多くない。たとえ他の個所の演奏にあれこれ問題があったとしても、この「死の告知」の場面ひとつで、今回の公演を「成功」と断言したくなる。

 今回の歌手陣は次の通り━━ジークムントを片寄純也、ジークムントを清水華澄、フンディングを長谷川顯、ヴォータンを青山貴、ブリュンヒルデを基村昌代、フリッカを相可佐代子。そしてヴァルキューレたちを大須賀園枝、西畑佳澄、上井雅子、船越亜弥、森季子、山際きみ佳、三輪陽子、加藤愛。以上のうち7人が、昨年の「ラインの黄金」に続いての登場である。

 清水華澄の豊麗な声と豊かな情感は、第1幕後半をリードして圧巻であった。片寄純也は前述の「死の告知」の場面での歌唱が際立ち、特に「ヴァルハルへは行かぬ!」と宣言するあたりの迫真力にはずば抜けていた。
 青山貴のヴォータンは、もう今では当たり役である。

 ブリュンヒルデの基村昌代は名古屋二期会会員としてキャリアのある人だが、私はもしかしたら今回初めて聴いたかもしれない。
 第2幕冒頭の「ホー・ヨー・ト・ホー」を聴いた時には、綺麗な声だなと思ったものの、ブリュンヒルデとしてはちょっと声が軽すぎるかな、と思わないでもなかった。だがどうして、第2幕中盤以降は立派なもので、「ヴォータンの愛娘にして初々しい年頃の勇敢なヴァルキューレ」としてのブリュンヒルデを完璧に歌ってくれたのであった。東京の舞台でも聴きたい人である。

 フンディングの長谷川顯は重厚な声で、昨年のファーゾルト役と同様に凄味のある歌唱。第2幕最後にヴォータンの罵声を浴びた挙句、フリッカの前に大音響を立てて倒れ死ぬ演技は、この場面の劇的効果を一層高めたものとして、休憩時のホワイエでも話題となっていた。
 相可佐代子は、昨年も同じように感じたのだが、強いヴィブラートが違和感を覚えさせるし、声がまっすぐに飛んで来ないのが気になる。そしてヴァルキューレたちはオルガンの下の高所で歌っていたが、しかし、あのオーケストラの気負った猛烈な咆哮の中では、聞こえろというほうが無理だろう。

 演出は、昨年に続き佐藤美晴である。オーケストラの後方に小型の舞台を設置し、さらにオルガン前の席をも活用した舞台構成だ。
 ただ、先頃の日本フィルのセミ・ステージ形式上演「ラインの黄金」でも、簡にして要を得た演技空間を鮮やかにまとめた彼女の本領は、今回はなぜか、残念ながらほとんど発揮されていなかった。ジークムントがとねりこの樹から霊剣ノートゥングを引き抜くはずの劇的な場面も、後ろに置いてあった小道具を取り上げるといった演技で、これでは「山場」にならない。僅かに加えられていた照明演出も、操作は概ねスムースではなかった。練習(か打合せか)の時間が不足だったとみえる。

 だが、第2幕の幕切れに、フリッカ1人を最後まで舞台に残したのは、この悲劇的な幕全体がフリッカの影に覆われているというドラマトゥルグを明確に象徴したものとして、良いアイディアだと思う。第3幕でヴァルキューレたちがヴォータンに一喝されて逃散する場面で、単に演奏会形式的にオルガン横のドアから退場するというのではなく、暗いバルコニー席の中をあたふたと逃げて行く━━というユーモアは秀逸であった。

 20分の休憩2回を含み、8時終演。
 来年の「ジークフリート」は9月2日の由。この愛知県芸術劇場が工事のため休館期間に入るので、御園座という会場を使うとのこと。オーケストラの演奏会場ではないのがちょっと気になるけれども、引続き頑張っていただきたい。

コメント

いつも楽しく拝読しております。とかく個人的な感想、あるいはバッシング等が目立つネットブログの中で、東条先生の記事は「これぞ批評」という感じで読みやすく勉強になります。良いところは良い。悪いところは悪いと。今回もアマチュアオケをへの好感、ほめことばと、足りない点を正直かつ的確に指摘せれ、さらに今後への温かいエール。当事者でない私等にも何というかためになる、読み甲斐のあるものでした。技術は必要だがそれのみでは十分ではない。むしろそれ以外の何かが人の心を動かすこともあるという、音楽観、芸術観あるいは人生観にまで及ぶ考え方のような気がしました

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