2017-06

2017・5・19(金)ロジェストヴェンスキー指揮読売日本交響楽団
ブルックナー「5番」シャルク版 

         東京芸術劇場コンサートホール  7時

 ブルックナーの「交響曲第5番」の、シャルク改訂版が演奏された。
 この曲のこの版を、メジャー・オーケストラが世界的名匠の指揮で演奏するという例は、もしかしたらわが国ではこれが最初かもしれない。ブルックナー愛好家にとっては、まるで歴史的大イヴェントのような注目度の高さ。ファンが挙って聴きに集まった、と言ってもいいような雰囲気が感じられた。

 とはいえ、このフランツ・シャルクが改訂した版━━これを、ブルックナーの原典版のスコアを拡げて比較しつつディスクで聴くと、よくもまあこれだけ遠慮会釈もなく書き換えたものだ、と腹が立ってたまらなくなる。

 何しろ、全曲を通じて、楽器編成は変える、各声部は書き加えたり削ったりして変更する、第4楽章では再現部などを大幅に(20%近く)カットする、そのコーダではリズムや主題の形まで変え、金管バンダやシンバルやトライアングルまで追加する━━といった具合である。
 師ブルックナーの音楽を世の中に理解させるために、善かれと思って行なったことだ、と伝えられているけれど、シャルクがこの編曲を行なった時期には、すでにブルックナー自身のスコアによる「4番」「7番」「8番」が世に知られ、大成功を収めていたはずである。それゆえシャルク自身にも、師のスコアを前にして、「俺だったらこうする」とか、「この方が面白くなる」とかいう勝手な意識がなかったとは言えないだろう。
 いずれにせよ、結果としては、所詮シャルク自身が師の音楽の本質を全く理解していなかった━━ということの証明だけが残るのである。

 ただ、それはそれとして、演奏の点だけから言うなら、このブルックナーらしからぬダイナミックでカラフルな形状を呈しているシンフォニーを、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーが如何に魅力的に、見事に指揮したかは、全く驚くべきものがある。
 これはもう、豪演と呼ばれるにふさわしい出来だろう。

 かなり遅いテンポによる演奏で、全曲合計は80分近い長さとなったが(前述の通り大幅カットが行われているにもかかわらず、である)、ロジェストヴェンスキーの演奏構築の設計が実に巧いので、流れが弛緩することは全くない。「持って行き方」が、唖然とするほど巧いのである。まさに名匠の腕の冴えだ。
 音楽が轟々と煽られ盛り上がった全曲の終り近く、ステージ最後方にずらり並んだ金管の別動隊が立ち上がり、次いでシンバルとトライアングルの奏者も立ち上がる瞬間が、まるでオペラがクライマックスに達したかのような光景なので、思わずクスリと笑ってしまう。

 読響(コンサートマスターは長原幸太)の壮麗さと強靭さも、また並々ならぬものであった。金管群がどれほど咆哮しても、それに一歩も退かぬパワーを示す弦楽器群も見事である。
 これまで数え切れぬほど聴いて来たロジェストヴェンスキーと読響の演奏の中でも、今日のこの演奏は屈指の存在と言っていいのではないか。

 そして、われながら些か腰砕けの気もするが、今回のような立派なナマ演奏で聴いてみると、このシャルク改訂版━━いや編曲版に対する反感が、ほんの僅かではあるものの薄らぐことも認めなくてはなるまい。とにかくこれは、素晴らしく面白かった━━という演奏会だったのである。

 名誉指揮者ゲンナジー・ロジェストヴェンスキーは、この5月4日に86歳の誕生日を迎えたばかり。第1楽章以外は椅子に腰掛けて指揮していたが、音楽づくりに関しては、まさに千両役者の趣だ。
 終演後、熱狂的な拍手に応えてソロ・カーテンコールに現われる瞬間、袖でちょっとよろめいて、壁で体を支えていたため(※)ステージ中央までは出て来なかったが、もしそういうことさえなければ、2,3回は呼び出されていたことだろう。
 今回は故スクロヴァチェフスキの代役としての来日だった。高齢だが、また来てくれるだろうか?

※違う見方もいただきました。コメントを御読み下さい。そちらの方が正解かも。

コメント

いつものお茶面なマエストロ

東条先生の仰る通り、まさに豪演でした。あれだけテンポを深く取っても全体が緩慢にさせないところは、相変わらず名人なんですね。カーテンコールの袖で巨匠は、あれはおそらくお茶目な彼が、「お!ビックリしたな!こんなにまだ客が残っておったのか!」というマエストロらしいゼスチャーだったように私は感じました。その証拠に直後にニヤりとしていましたから(笑)。いつものマエストロでした。

怪演と呼ぶにふさわしく

予想していたこととはいえ、あまりの遅いテンポに一時「これは高齢指揮者の弛緩でしかない」「許容範囲を超えてしまってる」とつぶやいていたのですが、どうしてどうして、聴き進めるに従い、これはたいへんな演奏に立ち会ってるのではないかという背筋の寒くなる感覚がし始め、終わってみればすべてに納得、ただただ壮大なブルックナーにひれ伏すのみという感動が押し寄せたのでありました(決してどんちゃん騒ぎのコーダに惑わされたのではありませぬ)。
実はニューヨーク在勤中にボトスタイン指揮アメリカ交響楽団でこのシャルク版を聞いたことがありますが、その時はただただお祭り騒ぎに聴衆もやんやの拍手とブラヴォーを浴びせ、とにかくおもしろかったということしか記憶がありません。料理の仕方ではこの版はこれくらい深められるんだということを改めて教えてもらいました。脱帽です。

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