2017-09

2017・5・15(月)サロネン指揮フィルハーモニア管弦楽団

       東京文化会館大ホール  7時

 フィルハーモニア管弦楽団と、その首席指揮者兼ミュージック・アドヴァイザーのエサ=ペッカ・サロネンのコンビ。何かこのところ、2年ごとに来日しているようである。
 今回の来日では、14日から21日まで、東京・横浜の他に西宮、熊本、名古屋を含む計7公演。今日は2日目、都民劇場主催の演奏会。

 プログラムは、R・シュトラウスの「ドン・ファン」、ベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第3番」(ソロはチョ・ソンジン)及び「交響曲第7番」。アンコールでは、チョ・ソンジンはシューベルトの「ソナタ第13番」からの「アンダンテ」を弾き、オーケストラはシベリウスの「メリザンドの死」を演奏した。終演は9時半を回った。

 オーケストラの演奏のヴォルテージの高さたるや、凄まじい。「ドン・ファン」で表出されたのは、まさに闊達で傍若無人な主人公・・・・。曲の冒頭からして、唖然とさせられるような、疾風怒濤の勢いである。ただ、飛ばしているとはいえ、決して無頓着に突進しているのではない。演奏の細部に、かなり念入りで凝った設計を施しているのがサロネンの真骨頂だろう。

 「7番」にしても同様で、これもリズム的要素を重視したスピーディな演奏であり、スポーツ的な快感があふれる━━と書いてハタと気がついたのだが、サロネンの「7番」は、実はこれまでナマで2度聴いている。いずれも4年前、一つはフィルハーモニアとの来日公演で(あの時にもやっていたのだ!)と、もう一つは同年にエクサン・プロヴァンス音楽祭でパリ管を振ってのことだった。で、その際にも「スポーツ的な快感」と、同じようなことを書いていたところからすると、やはり今回と同様、「元気がいいのが取り柄」という程度の印象だったらしい。

 第1楽章の提示部の終りのパウゼと、第4楽章冒頭のパウゼを、いずれもスコアに書かれているより長く取っていることを面白く感じたことは、前回にも書いた(後者は、昔トスカニーニもやっていた)。
 ただし、第1楽章の再現部直前(【I】の4小節前から)で、あのリズムの中の8分音符と付点8分音符とを、サロネンが実にはっきりとスコアの指定通りに区別していることは、今回聴いていて初めて気がついた。その展開部のクライマックス(【H】から)で、トランペットとティンパニに猛烈なクレッシェンドを繰り返させていることも、彼の細かい設計の一例と言おうか━━まあこれは、必ずしも珍しい手法ではない。ただ、今日のは、並外れた強さだった。

 これに対し、真ん中に置かれた協奏曲では、サロネンは、整然とした構築で、落ち着いた風格の演奏をつくる。プログラム構成と関連させた、練達の手法だろう。第3楽章などは作品の性格に応じた堂々たるつくりで、若いピアニストを支えていた。
 チョ・ソンジンの演奏は、例のごとくまっすぐで、ひたすらベートーヴェンの英雄的な精神に近づこうとするかのような、真摯なアプローチである。その若々しい、しかも求道的な演奏を、少しも堅苦しくならず、瑞々しさを以って聴かせるところが、この東洋の若者の、ただものではない才能の所以だろう。彼がアンコールで弾いたシューベルトも、実に瑞々しい。

 そしてサロネンとフィルハーモニア管がアンコールとして演奏したシベリウスの「メリザンドの死」も、これまた深々とした美しさで素晴らしかった。いや、今夜の演奏の中では、少なくとも私には、最もうっとりさせられるものだった(これまでの来日公演のような、毎度決まりきった「悲しきワルツ」でなかったのは有難い)。

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