2017-09

2017・5・12(金)小澤征爾、アルゲリッチ&水戸室内管弦楽団

     水戸芸術館コンサートホールATM  7時

 水戸室内管弦楽団第99回定期演奏会。弦楽器だけの演奏でグリーグの組曲「ホルベアの時代より」、次に管楽器だけの演奏でグノーの「小交響曲」。
 休憩後に小澤征爾の指揮とマルタ・アルゲリッチのソロでベートーヴェンの「ピアノ協奏曲第1番」。アンコールはアルゲリッチのソロでシューマンの「献呈」。

 「ホルベアの時代より」は、豊嶋泰嗣がリーダーを務めた。おなじみの腕利きの奏者たちが揃った編成で、非常に芯の強い、毛一本の隙も無く固められた演奏が繰り広げられる。実に鮮やかで、上手い。1960年代に桐朋学園オーケストラが久山恵子の指揮でレコードを出し、その鉄壁のごときアンサンブルでみんなを驚かせたり、反発させたりしたことがあったが、今日のこの演奏も、結局あの流れを引き継いでいるのだな、という感を与える。

 管楽器によるグノーの「小交響曲」も同様で、フルートの工藤重典、オーボエのアーメル・デスコット、ホルンのジュリア・ハイラントなど、名手たちがずらり並んで繰り出す音は、舌を巻くほどに達者なのである。
 前半の2曲は、このように、技術的には完璧な演奏に終始した。

 さて、みんなが待ちかねていた小澤征爾が登場して指揮するのは、今日も1曲のみだ。マルタ・アルゲリッチをソリストに迎えた、ベートーヴェンの「1番」である。
 コンチェルト1曲だけ?・・・・と最初は思っても、いざ聴いてみると、それには千鈞の重みがあり、この日のコンサートのすべてといってもいいほどの存在感があったことはいうまでもない。
 結局この曲とこの演奏が、その前の2曲とその演奏を、完全に前座的な存在へ追いやってしまった。

 小澤征爾はいつものように座って指揮するが、音楽の力感が高まる個所━━ここぞという昂揚の瞬間になると、立ち上がってオーケストラを制御する。
 その立ち上がる時が、今日は非常に多かった。叙情的な第2楽章(ラルゴ)においてさえしばしばある。凄まじい熱気があふれていたこの「1番」の演奏であれば、それはごく自然なものに感じられたのだ。

 アルゲリッチのソロも、切り込むように鋭く激しい。一昨年の広響との協演の際とは別人のような、壮烈な気魄に富んだ演奏である。第1楽章の再現部に突入する直前のフォルティシモの下行フレーズなど、こちらがその前の最弱音の個所から如何に予想していようと、ぎくりとさせられてしまうくらい、衝撃的な激しさであった。一つのフレーズが嵐のように過ぎ去ろうとするのを待たずして、次のフレーズが嵐のような勢いで追いすがって来る、といった、息つく暇もないほど激しく畳み込まれる演奏なのである。

 瞑想的なはずの第2楽章にさえ緊迫感が漲っており、第3楽章と来たらもう、スコアの「アレグロ・スケルツァンド」などというレベルでなく、「モルト・アレグロ・アパッショナート」とでも言った方がいいほど、疾風怒濤である。小澤とオーケストラ(コンサートマスターは渡辺實和子)もこれに呼応して、まさに火の出るような演奏になった。
 それらが決して、形だけの上滑りするものにならず、もちろん機能的にもならず、あくまで若きベートーヴェンの気魄と結びついて感じられたところに、この演奏の見事さがあったろう。これほど劇的な「1番」は、滅多に聴けないものである。

 総立ちとなっていた聴衆に応え、アンコールとして、アルゲリッチがシューマンの「献呈」を弾いた。小澤も、すぐ傍に座って聴いていた。この演奏の温かい、緻密でありながら伸びやかな、しかも一種の艶に富んだ素晴らしさたるや、筆舌に尽くし難いものがあった。
   別稿 産経新聞、モーストリークラシック8月号 公演Reviews

コメント

小澤&アルゲリッチ

東条様の文章を読んで、今週別府で聴いた演奏会の感動が蘇ってきます。
アルゲリッチ氏の強烈な勢いを受けてか、小澤氏率いる水戸室内管弦楽団も情感たっぷりの熱い演奏を展開していました。アンコールのスカルラッティのソナタ、勲章伝達式でのモーツァルト「ディヴェルティメント」と合わせて、大感動でした。

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