2017-07

2017・5・11(木)上岡敏之指揮新日本フィルハーモニー交響楽団

      東京オペラシティ コンサートホール  7時

 ワーグナーの「タンホイザー」序曲と「ヴェーゼンドンク歌曲集」(ソプラノ・ソロはカトリン・ゲーリング)、ブルックナーの「交響曲第3番」。コンサートマスターは崔文洙。

 所謂「上岡ぶし」が久しぶりに炸裂した感がある。新日本フィルも久しぶりに上岡の呼吸に応えたということだろう。やはりこのコンビにとっては、ドイツ・ロマン派の作品が、最良の結果を生むレパートリーなのかもしれない。

 「タンホイザー」序曲冒頭の「巡礼の合唱」からして、クラリネットとバス―ンとホルンが、かなりユニークなバランスで響き始める。それは和声の構築を重視したもので、ふだん私たちが聴いている主題の旋律線にこだわらず、内声部分も同じ比重で浮き彫りにされる、というバランスなのである。

 ブルックナーの交響曲でも同様だ。しかも、金管群の音量は、咆哮とは程遠い大きさに抑制され、木管群と区別がつかぬほどのバランスで響き続けることが多い。ここで金管が轟々と高鳴ると思っていると、それは弦の渦巻の中に溶け込んだままで響く、ということになる。音色が極度にくぐもったものになるのも当然だろう。
 そうした手法が各所に散りばめられているので、聴き慣れた作品が予想外の姿になって立ち現れるという面白さはあるだろう。

 私自身は、こういう手法に根っから共感するという嗜好ではないけれども、しかし上岡敏之のそうした「芸風」━━このスタイルを創れる人は、日本人指揮者の中ではおそらく彼一人だろう━━は貴重なのであり、新日本フィルが彼をシェフに選んだからには、徹底的にそれを追求し完成させてもらいたい、という気持は充分にある。

 ただ、これはあくまで私だけの感じ方としていうのだが、「タンホイザー」の序曲など、彼の演奏を聴いていると、そこに本来描写されているはずの標題的な内容が、あまり浮かんでこないのだ。
 つまり、巡礼の歌声が遠ざかり、夜のとばりが降りると、そこにヴェヌスの官能の光景が繰り広げられる、その官能の嵐が夜明けの風の中に薄らいで行くと、再び清い歌声が蘇って来る、そしてついに太陽が壮麗に昇って来て、すべてが云々・・・・といったようなストーリー性が、この演奏を聴いているとさっぱり想像できない。それよりも音色や響きのユニークな構築にばかり気を取られてしまう、という結果になってしまうのである。
 まあ、これは、こちらの聴き方が悪いのだろうが・・・・。演奏設計の巧みさには舌を巻くけれど、それはこの序曲が普通は与えてくれる感覚的な興奮とは、少し別なところにあるような気がするのである。

 「ヴェーゼンドンク歌曲集」のオーケストラのユニークな音色にも、仰天した。聴き慣れている後期ロマン派的な陰翳が薄められ、精緻な、室内楽的な響きの極度に強いものになっていたのである。通常の管弦楽編曲版(ワーグナー/モットル)とは別もののような感があり、一瞬、これはあのハンス・ヴェルナー=ヘンツェの編曲版かと錯覚しかけたが、明らかに違うことがすぐ判ったし、だいいちハープが無いし、と・・・・。
 といって、この曲の夢幻的な性格は、些かも失われていない。このオーケストレーションからこれだけ異色の様相を引き出す上岡の感覚は、やはり卓越したものがある。

 そして、ソロを歌ったドイツのソプラノ、カトリン・ゲーリング━━この人、以前どこかで聴いたことがあるような気がするのだが、思い出せない━━の清純な声と歌唱には、後期ロマン派的な重い耽美的な管弦楽の音よりも、今日のような音色の音の方が、似合っていただろう。

 ブルックナーの「3番」は、前述のように、非常に異色の、上岡色の強い演奏となっていた。こういう演奏だと、カタルシスはあまり得られないだろう。
 しかし第4楽章のコーダで、金管が柔らかく高鳴り(?)、弦や木管と一体化した響きを保ちつつも、その中で金管群の和声の動きが明確に聞こえ、特にトロンボーンの3連音(第466小節)や、作曲者がひときわ強調しているホルンのアクセント付の3連音(第482小節)などがはっきりと聞こえるというオケの鳴らし方の巧さには感心した。こういうところは上岡、並みではない。

 アンコールがあり、バッハの有名な「アリア」が快速テンポで演奏された。だが、ブルックナーの交響曲のあとで、こういうアンコールは果たして必要か?

 昨日もこの同じホールで、高関健と東京シティ・フィルが、同じブルックナーの「3番」を演奏し、それは実に見事な演奏だった━━と、2日続けて「3番」を聴いた人が口々に絶賛していた。私自身は昨日、東京文化会館の会議室で、日本フィル主催の「ラインの黄金」入門講座を午後と夜の2回、喋っていた(それぞれ定員いっぱいの50人ずつ、熱心な人たちが集まって聴いて下さった)ので、このホールには来られなかったのだが━━。

コメント

昨年秋、長らく敬遠していたブルックナーにはまり、朝比奈、ヴァント、マタチッチ、チェリビダッケ、シューリヒトらのCD、DVDを楽しみ、ブロムシュテットと下野竜也の実演(両者とも第7)に触れました。いくつかの本やブログでブルックナーについての評を読みました。東条先生の記事もその一つで、それを参考に非常に楽しみにTVでこのコンビの演奏を聴きました(場所はみなとみらいホールでしたが)。それほど激しく嫌いとも思いませんが、東条先生の部分的ではあるがはっきりとしたネガティブな批評、「上岡節炸裂」といった感じは賛同できます。やはりどこかブルックナーらしくないのは確かでした。またこれは私にとって初めての動く上岡敏行でしたが、まさに東条先生の言う「芸風」。かなり良くも悪くも芝居がかった指揮ぶりで好みの分かれるところかと思いました。私は今のところちょっと… 終楽章終了後のあの長い静止はちょっと初めての見ました。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/2700-cf61ff83
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

カテゴリー

全記事表示

全ての記事を表示する

RSSフィード

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」