2017-07

2017・4・21(金)サッシャ・ゲッツェル指揮読売日本交響楽団

      東京芸術劇場 コンサートホール  7時

 サッシャ・ゲッツェルが初めて客演指揮。
 神奈川フィルや、旧・紀尾井シンフォニエッタ東京での指揮、あるいはモーツァルトのオペラなどで、これまで何度か聴いて来た指揮者だ。なかなかいい指揮者だと思う。
 「GOETZEL」なら、ゲッツェルより「ゲーツェル」の表記の方がいいのではないか、と隣に座っていたS教授が言った。なるほど。

 今日のプログラムは、ウェーバーの「魔弾の射手」序曲、グリーグの「ピアノ協奏曲」(ソロはユリアンナ・アヴデーエワ)、ドヴォルジャークの「交響曲第7番」。コンサートマスターは長原幸太。

 読響は、先頃のカンブルランの時と同様、すこぶる上手い。
 「魔弾の射手」ではホルンがうまく行ったので、安心して聴けた・・・・と思っていたら、S教授は、「日本のオケでここのホルンがきれいに揃った演奏をついぞ聞いたことがない」とご不満げ。注文の厳しい方だ。ともあれ、ロマン派オペラの不気味な森の雰囲気はあまり感じさせない演奏だったのは確かで、これはゲッツェルの指揮のなせる業だろう。

 グリーグの協奏曲では、アヴデーエワのソロの若々しい活力は魅力だったものの、ゆっくりした叙情的な部分にさらなる情感があれば、と思われる(これはS教授と同意見)。というのは、彼女がアンコールで弾いたショパンの「ノクターン嬰ハ短調(遺作)」のほうには、まるで別人のような深い情感がこもっていたからである。

 ドヴォルジャークの交響曲は、実は私は、「3番」から「7番」までが非常に好きなのである。この「7番」も、素朴な味に何とも言えない良さがある。
 ゲッツェルの指揮は、この作曲家特有の郷愁のようなものはあまり感じさせないとはいえ、率直でエネルギッシュで、その勢いは痛快なほどだ。ただ、痛快はいいけれども、第4楽章など、終始力一杯飛ばし過ぎるので、かんじんの終結の怒涛の如きクライマックスがさほど際立たなくなるという欠点があるだろう。

 ここを聴くたびに、もう40年も昔のことだが、ズデニェク・コシュラーが札幌交響楽団を指揮した時の最後の盛り上げ方の見事さ━━大波のようにクレッシェンドを繰り返しつつ結んで行ったあの終結の巧さを、私は思い出さずにはいられないのである。

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