2017-08

2017・4・4(火)東京・春・音楽祭 ワーグナー「神々の黄昏」

      東京文化会館大ホール  3時

 音楽祭の目玉、「東京春祭ワーグナー・シリーズ」の第8輯。マレク・ヤノフスキがNHK交響楽団(コンサートマスターはライナー・キュッヒル)を率い、安定した演奏で「ニーベルングの指環」最終章を飾った。

 ヤノフスキは、これまでの3作におけると同様、かなり速いテンポで坦々と音楽を進める。
 だがこの「坦々」は━━無数のライト・モティーフが複雑に織り成され、心理描写的にも、あるいは叙事詩的にも精緻を極める「神々の黄昏」の場合には、時に作品を上滑りに聞かせてしまうという危険性を生じさせかねない。
 今回も第1幕では、演奏がやや素っ気なく、無味乾燥な感も与えられる傾向が無くもなかった。第2幕冒頭のハーゲンとアルベリヒの場にはもっと魔性的な不気味さが欲しかったし、英雄の生涯を回顧する「ジークフリートの葬送行進曲」には、もっとコロス的な感動の表現が欲しい。

 しかしその一方、おそらくワーグナーの音楽の中で最も驚異的な、巨大な音の建築である第2幕後半などでは、ヤノフスキの率直な指揮がむしろ音楽本来の力をストレートに発揮させ、見事な迫力を生じさせていたのは事実である。ともあれ、4部作を通じてヒューマンな性格を感じさせる演奏を聴かせてくれたのは有難かった。

 N響もさすがの力感。これだけ堂々たる「指環」を演奏できるのは、わが国では他に読響と、それにおそらくは京響あるのみだろう。もし反響板がオーケストラの音をもっと客席にうまく響かせるように組まれていたら、さらに凄まじい音圧でワーグナーの「力」を堪能させてくれたのではないかと思う。

 歌手陣。
 ジークフリート役に予定されていたロバート・ディーン・スミスが来られなくなったということで、急遽アーノルド・ベズイエンに替わった。このツィクルスの「ラインの黄金」で、見事なローゲを聴かせた人である。
 代役としてよく頑張ってくれたことは確かだが、残念ながら、所詮彼は「ジークフリート歌い」ではない。声質、声量ともに所謂ヘルデン・テノールのタイプではないから、どうしてもひ弱な、あまり英雄とは言い難いジークフリートになってしまう。ちょっと気の毒だった。
 彼が今夜最も良かったのは、グンターに化けてブリュンヒルデを強奪する場面である。あそこはジークフリートが「声を変えて」歌う個所で、少し屈折した表現の歌唱を必要とする個所だ。それゆえ、ベズイエンの性格派歌手としての歌唱が生きる。

 その他の歌手陣は概ね見事だった。
 ブリュンヒルデ役のクリスティアーネ・リボールは、ドラマティック・ソプラノというには少し線が細いが、第2幕後半の「怒れるブリュンヒルデ」を、あの轟々と渦巻くオーケストラとよく拮抗して歌っていたし、山場の「ブリュンヒルデの自己犠牲」の場も、最後は多少体当り的に押し切ったような雰囲気もあったけれども、見事に持ちこたえていた。

 ハーゲン役のアイン・アンガーは、風格と声量、腹黒い歌唱表現など、全ての点でドラマの中心たる役柄としての存在感を発揮していた。第2幕の「ホイホー、ハーゲン!」の場であれだけ迫力を出せれば御の字である。
 アルベリヒ役のトマス・コニェチュニーはまさに適役、「ラインの黄金」に続き、邪悪な小人ぶり。第2幕冒頭のアンガーとの応酬は聴きものであった。
 グンターのマルクス・アイヒェは予想通り、この役の屈折した性格を巧く描く。演技を少し入れていたのは彼だけだ。おそらく、自分で考えて演技を入れたのだろう。とはいえ、彼やジークフリートを殺す役回りのハーゲンが全く泰然として動かないので、効果も半減したとも言えるが・・・・。

 グートルーネのレジーネ・ハングラーも安定した歌唱だった。素晴らしかったのはヴァルトラウテを歌ったエリーザベト・クールマンである。この知的で、表現力豊かな歌いぶりは、まさにメゾ・ソプラノの華ともいうべきものだ。以前聴かせてくれたフリッカ役とともに、出番は少なかったけれどもこのツィクルスで最も聴き応えのあった歌手のひとりだったといえよう。

 なお、脇役陣は日本人歌手で固められた。3人のノルンは金子美香、秋本悠希、藤谷佳奈枝。ヴォークリンデは小川里美。ヴェルグンデの秋本悠希と、フロスヒルデの金子美香は、それぞれノルンとの掛け持ち。
 合唱は東京オペラ・シンガーズで、かなりの大編成。第2幕ではそれに相応しい力感を出していた。

 映像は田尾下哲。「どうやっても悪口を言われる」気の毒な役回りだったのには同情する。
 今回も、さほど押しつけがましい映像はなかった。ラストシーンで、遥かに聳える神々の居城ヴァルハルが「火」に包まれるあたりは、初めてこの作品を聴く人にも多少は解り易いガイドとなったかもしれない。
 ただ、あのヴァルハルは、まるでディズニーの魔法の城か、「オズの魔法使」の城のような姿であり、このドラマにおける権力の象徴━━古代ゲルマン神話における世界最終戦争の際には「ヴァルハルの門から出撃して来るヴォータンの軍勢はあとを絶たなかった」というほど鬼気迫る存在のはずである━━としては、あまりに可愛すぎたようだったが、・・・・しかしいずれにしても、そんなに目くじら立てることもあるまい。

 それより気になったのは、今年もやはり字幕のことだ。
 異様に物々しく、かつ人間味のない表現の訳詞は、ある程度好みの問題もあろうからともかくとして、神々の世界では厳めしい台詞を、人間やラインの乙女たちの世界では俗語的な台詞を、といったように区別しているのかと思ったけれども、4部作を通じて振り返ると、必ずしもそうではなかったようである。その辺が一定していないと、「妻問いに来た」などという大時代がかった言葉をただ楽しんで使っているのかと誤解されかねまい。
 なにより問題だったのは、しばしば主語がはっきりしない個所があったこと、また「質問」なのか「独白」なのか区別のつきにくい表現が見られたこと、しかも表示される切れ切れの文章が、いったいどこまで連続した台詞になるのか見当がつき難かったことなどであった。担当しておられた方は優秀な評論家なのだから、このあたりをもう少し自分で客観的に字幕を「眺め」て、そのコツを会得していただきたいものである。

 30分の休憩2回を含み、8時25分終演。4年の歳月は、何と速く過ぎ去ったことだろう!

コメント

何年も前から楽しみにしていたこの公演。
1日、4日の両日ともに行きました。
1日は、東条先生の評を楽しみに帰宅したのですが、4日を聴かれたのですね。

ジークフリートは、適役ではないうえに代役という、仕方ない面はあるものの、
4日のほうが格段によかったです。
幾分胸を張って、伸びやかに歌っている分、1日より声が通るようになり、
感情も1日よりこもっているように感じました。
様々な意味での準備不足が解消されたのでしょうか。

ブリュンヒルデは、1日のレベッカ・ティームが、
非常に強い声で圧巻だったので、「二者二様」といった感じでした。

大枠には関係ないですが、些細な動作で二人が違ったのは、
2幕で「二組の夫婦誕生」をグンターが紹介する場面で、
4日はブリュンヒルデが突如立ち上がって歌い出したので、
「ジークフリート!なぜここに!」という雰囲気が出ていました。
(1日は、ブリュンヒルデは歌い出す前からずっと立っていました)。

ハーゲンの煽動力、アルベリヒの存在感、グンターの演技、
グートルーネの娘らしさ、ワルトラウテの表現
…と、「周囲」が固めて、オケや舞台構成なども含め、
全体的に非常に満足でした。

追伸:
3/22のHORNISTS 8も聴きました。
ホルンという楽器のすごさを発見・再認識し、
「指環」等の編曲を聴くのは勉強になったし、貴重な経験でした。
東条先生、記事投稿日が3/2になっているようなので、気づくのが遅れました。

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