2017-05

2017・3・4(土)ワーグナー「ラインの黄金」初日

       滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール  2時

 びわ湖ホール(芸術監督・沼尻竜典)の「ニーベルングの指環」が、ついに幕を開けた。4年がかりの上演で、今年は「ラインの黄金」(2回公演)である。
 沼尻竜典が京都市交響楽団を指揮してピットに入り、演出はミヒャエル・ハンぺ、舞台美術と衣装はヘニング・フォン・ギールケ、映像はヒビノのCOSMICLABが担当している。

 ハンぺの演出は、この人らしく極めてストレートで、昔ながらの写実的な手法で統一されている。昨年の「さまよえるオランダ人」同様に映像を多用し、紗幕を効果的に使って幻想的な効果を出す。
 ライン河底の場面はすべて映像による「水」の躍動で彩られ、紗幕の向こう側に乙女たちとアルベリヒがおぼろげに見える。その動きにシンクロして映像の「乙女たち」が軽やかに泳ぎ回る(これが魚に見たいに見える)という具合。

 山上の場では、背景に拡がる巨大な山脈と、その一角にそびえる「石の高層建築物」的なヴァルハル城の光景が、すこぶる写実的だ。
 二―ベルハイムの場は予想外にシンプルだが、大蛇と蛙は実に面白く出来ているだろう。 
 ヴァルハル入城の場では虹がかかり、神々が実際にその虹の橋を渡って行くような光景がつくり出されて、この辺はギールケも上手くやっているという印象である。

 まあこの舞台の印象は、早い話が、METで以前やっていたオットー・シェンクの演出に映像を加えたようなスタイル、とでも言ったらいいか。
 思想的な新解釈や、革新的な表現とかいった要素は無いものの、昨年の「さまよえるオランダ人」と同様、ここまで徹底してト書きに忠実に「解り易く」構築されれば、それはそれで一つの存在意義があるだろう。暴走した破壊的な演出も多い当世、この写実的な演出でやっとこのドラマの内容が解ったという観客も多いだろうから、一概に保守的だとか陳腐だとか非難するのは無意味である。

 なおこの演出では、剣(のちのノートゥング)を、エルダがヴォータンのために地上に残して行く、という解釈が行われていた。剣の出所についてはワーグナーも台本で触れておらず、謎になっていたので、これだけは興味深い新解釈と言えるだろう。

 沼尻竜典の指揮は、予想外にテンポが遅い。演奏時間は、多分2時間30分前後ではなかろうか。レヴァインやメータ、ケント・ナガノ、飯守泰次郎らが指揮した、2時間35分とか2時間40分という数字に比べれば決して遅いものではないとはいえ、他の多くの指揮者が2時間25分前後、もしくは2時間20分ほどでやっているのに比べれば、やはり遅く聞こえる。
 非常に丁寧に、じっくりと音楽を構築して聴かせるという指揮である。劇的なたたみかけとか、ドラマの推移の上での迫真力━━という点では、特に前半、少し緊迫感が薄れたという印象がなくもないが、精緻な音楽づくりがそれを補って充分なものがあった。

 それにしても、京都市交響楽団の演奏は、絶賛に値する。濃密で厚みのある、些かの揺るぎもない響きは、まさに卓越した素晴らしさだ。
 冒頭のホルン群や弦のざわめきの美しさをはじめ、「二―ベルハイム下降」での豪壮さ、「ファゾルトの死」での金管とティンパニの壮烈さ、「神々のヴァルハル入城」での総力を挙げた全管弦楽の均衡美豊かな昂揚など、わが国でこれだけ「ラインの黄金」を美しく力に満ちて完璧に演奏したオーケストラを、私は初めて聴いた。
 もちろん沼尻の優れた制御もあってのことではあるが、とにかく、こういうオーケストラをピットに入れて「指環」を上演できるびわ湖ホールは幸せではなかろうか。新国立劇場のピットに、一度来てもらいたいほどだ。東京のオケも顔色を失うだろう。

 歌手陣はダブルキャストで、今日の配役は、ヴォータンをロッド・ジルフリー、フリッカを小山由美、ドンナ―をヴィタリ・ユシュマノフ、フローを村上俊明、フライアを砂川涼子、エルダを竹本節子、ローゲを西村悟、ファフナーを斉木健詞、ファゾルトをデニス・ビシュニア、アルベリヒをカルステン・メーヴェス、ミーメを与儀巧、ラインの乙女たちを小川里美、小野和歌子、梅津貴子。

 概ね粒が揃っているけれど、今日は特に、女声陣が優勢という印象だ。落ち着きと貫禄のフリッカの小山由美を筆頭に、愛らしく清純なイメージのフライアの砂川涼子、地下から出現して凄味を利かせたエルダの竹本節子、それに紗幕の彼方で安定したアンサンブルを聴かせてくれた小川らラインの乙女3人━━がいずれも映えた。

 男声陣では、初役の西村悟が驚異的な出来栄えを示して大拍手を浴び、われわれ業界関係者の話題をも集めた。
 ローゲとしての歌唱はもちろん、赤い髪の軽薄なワルといったメイクにより、皮肉っぽい表情で立ち回る演技は極めて微細なものがあり、ジルフリーやメーヴェスを相手に、些かも引けを取らぬ芝居を見せていた。西村悟のオペラ出演では、これまで高関健指揮の「ファウストの劫罰」のファウスト、山田和樹指揮の「椿姫」のアルフレードなどを聴き、若々しく伸びのいい声が印象に残っていたが、今回のローゲは大収穫である。今後が楽しみだ。

 他に、ミーメの与儀巧もいい。
 外国人勢では、アルベリヒ役のメーヴェスが、「ライン河底」の紗幕の向こう側ではやや手抜き的演技だったが、「二―ベルハイムの場」以降では本領を発揮。ジルフリーは、ヴォータンを歌ったのは今日が初めてとのこと。ドン・ジョヴァンニなどでの爽快な歌唱が素晴らしかった彼としてはやや線が細い感もあったが、「ラインの黄金」での若いヴォータンとしては、まあ悪くもないか。
 概して外国人勢よりも日本人歌手陣の方が、聴き応えがあった。

コメント

先生、両日ともお疲れ様でございます。

沼尻さんの指揮あればこそでしょうが、京響の演奏が素晴らしかったと思います。
かつて京都会館で、ひたすらやる気のない定期公演や、京響オペラ?の名の下のユルフン公演を聴いていた身からすると、まさに隔世の感のある立派な演奏であったかと思います。

歌手ですが、初日に関して言えば、やはりローゲとアルベリヒが素晴らしかったかと。
特に、ローゲには舌を巻きました。

演出に関しては…オランダ人はまだヒネリがあったので、やはり少し寂しく感じましたが、ここまでわかりやすいのは見事ですね。

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