2017-07

2017・2・19(日)笈田ヨシ演出、中嶋彰子主演「蝶々夫人」

      東京芸術劇場コンサートホール  2時

 笈田ヨシのオペラ演出を拝見するのはこれが最初なのだが、舞台上の演技や性格描写がかなり細かいのに驚いた。
 未整理に感じられるところはあるとはいえ、コンサートホールという制約の多い舞台で、これだけ細部まで神経を行き届かせ、性格描写に重点を置いた演出をつくり出したのは立派であったと思う。

 たとえば終幕で、ピンカートン(ロレンツォ・デカーロ)に対し、これだけ激しい怒りと軽蔑感を露わにした領事シャープレス(ピーター・サヴィッジ)は稀ではなかろうか。
 ピンカートンの新妻ケート(サラ・マクドナルド)の存在は、旧版スコアから一部が再現されて挿入されることにより、蝶々さんとのやりとりを通じて、明確になった。スズキ(鳥木弥生)は第1幕でピンカートンの揶揄を毅然と撥ねつけ、蝶々さんとの愛を見据えた上で彼女を守ろうとする女性として描かれた。

 そして、蝶々さん(中嶋彰子)自身も、第2幕の最初からピンカートンがもう帰って来ないのではないかという疑いを内心に抱き、不安に脅えているという演出である。「ある晴れた日」を歌い終ってからの後奏の中で、みずからも絶望に近い状況まで落ち込んでしまうという設定など、その一例だろう。

 第1幕で、蝶々さんがピンカートンに伝来の脇差を見せるくだりで、背景の紗幕の奥に、名誉を守って自決した彼女の父親の幻が登場するという場面がある。こういうのは無くもがなという感じがしないでもないが、ただその亡霊(?)が予想通り、彼女が死を決意する場面で再び姿を見せるのは、人は名誉を重んずべきだというコンセプトを暗示することになるので、悪い発想ではないだろう。

 興味深かったのは、第2幕での蝶々さんの家の暮らしが、着ている服を含めて第1幕とは全く異なり、平凡な農家風のものになっていることだった。これは納得の行く手法である。
 また終場面で、彼女はそれまで家の一角に「掲揚」してあった巨大な米国国旗を引き抜き、それを床に打ち捨てる。信じていたアメリカに裏切られた失望と怒りを表わすものとして当を得ているだろう。
 この国旗は周旋人ゴロー(晴雅彦)が第1幕でアメリカ人に卑屈に阿るがごとく打ち振りながら運んで来たものだが、このあたり、私もおぼろげながら記憶している敗戦後の日本の世相を思い出させる。そうなると、蝶々さんが、アメリカでの裁判は正義で公正なのだと言い張る場面にしてからが━━彼女が単なる無邪気で無知な少女ではないという性格づけで描かれているこの演出ゆえになおさら━━アメリカが正義の国だと思い込んでいた戦後の日本の世相を風刺しているかのようではないか。

 ラストシーンは、蝶々さんが脇差を手にして毅然と立つところで物語は終る。鮮血にまみれて子供に手を差し延べるといった演出は採られない。お涙頂戴の幕切れよりも、この方が名誉のために死すというコンセプトが強く感じられるような気がして、私は気に入った。

 歌手陣は、みんな演技も巧いし、歌唱も水準に達していただろう。中嶋彰子の蝶々さんは、所謂イタリアオペラ的なカンタービレを聞かせるというスタイルとは違い、性格派歌手とでもいったニュアンスの濃い表現であり、この演出の目指すところとは一致しているのではないかと思う。

 演奏は読売日本交響楽団、指揮はドイツのミヒャエル・バルケという若手。
 歯に衣着せずに言わせてもらえば、オーケストラと歌手の声とが、全く溶け合わない。特に第1幕は、どうしようもない出来であった。
 編成の大きい読響は、今回は舞台手前の客席を潰して設けられたピットの位置に配置され、いつものようによく鳴り響いていた。それは別に悪いことではなく、劇的効果を出すためには、ある程度以上のオケの音量は不可欠である。
 問題は指揮者が、巧く声を浮き出させるようにオケを鳴らすことが出来なかったということにあるだろう。

 以前、準・メルクルが語ってくれたことだが、オペラに長じた指揮者は、例えばあの「ヴァルキューレの騎行」のようにオケが轟々と鳴り響く瞬間にも、オケと声楽のバランスを巧く取り、声楽パートをはっきりと聴かせる「マジック」(メルクルの表現による)を心得ているそうである(どんなマジック?と訊いたら、それは秘密ですよ、と笑っていたが)。
   別稿 モーストリー・クラシック5月号 公演Reviews

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