2017-06

2016・12・19(月)ヤクブ・フルシャ指揮東京都交響楽団

      東京文化会館大ホール  7時

 定期演奏会Aシリーズで、フルシャがマルティヌーの「交響曲第5番」とショスタコーヴィチの「交響曲第10番」を指揮。コンサートマスターは四方恭子。

 フルシャのショスタコーヴィチの「10番」は、つい先ごろ、大阪フィルとの演奏で聴いたばかり。
 つまり今日は彼が手がける「二度目の《タコ10》」にあたるわけだが、前回と全く同じように、隙なくがっしりと組み立てた演奏が強い印象を残す。大阪フィルよりは気心が知れた都響とのステージであるだけに、いろいろな意味での呼吸もぴったり合って、ほぼ完璧な演奏(これ自体が曖昧な言い方だが)になっていたと言えるのではないか。

 ただ、極めて生真面目で几帳面な指揮のために、作品に込められたアイロニー感といったものは、あまり伝わって来ない。全曲最後の、作曲者の名を詠み込んだモティーフによる熱狂の終結個所が、全く羽目を外さぬエンディングになっていたのも大阪フィルとの演奏の時と同じで、あまり面白味が無い。

 こういうきっちりとした演奏でやられた時のこの「タコ10」は━━それはそれで作品のある面を浮き彫りにしているのは確かだが━━特に第1楽章など、えらく長々しく聞こえてしまい、私にはどうにもピンと来なくなるのだ。
 いや、そんなことを思うのは、今年この「10番」をたくさん聴き過ぎたせいもあるのかもしれない。

 今夜の演奏会では、従ってむしろ、マルティヌーの「第5交響曲」の方が、はるかに強い印象を残してくれた。
 フルシャのマルティヌーと言えば、6年前の12月20日、所も同じこの東京文化会館で、この都響を指揮した「第3交響曲」の見事な演奏がいまだに忘れ難いが、今日の「5番」も、それに劣らず感銘深い名演である。マルティヌーのミニマリズム的な曲想がこれほど快く陶酔的に聴けた「5番」の演奏は、私には初めての体験だった。

コメント

長々しく

いつも拝読させて頂いております
実は同じような感想でして、不謹慎ながら
ショスタコ10の演奏中は眠くてしょうがなかったです
(睡眠不足だったのかも知れませんが)

ショスタコの10番

10/29西宮の兵庫芸文オケでタコ10を聞いたのです。指揮はヴェデル二コフ、モスクワ派らしい部厚いショスタコでしたが第一楽章が重くかなりしんどく感じられ、タコ好きの私も一月後の大フィルタコ10をパスしたしだい。「ロココ風の主題による変奏曲」を弾いたクニャゼーフのチェロはアンコールのバッハ共々あの大ホールをチェロ一本で朗々と響かせた見事なものでした。

お疲れさまです。 眠気を催す程、退屈な演奏とは思いませんでしたが、マルティヌーと比べると明らかに聴き劣りがしました。まだ試行錯誤の段階といった感じでしたね。 イイ指揮者だとは思うので今後に期待したいです。 このところの一連のタコ「天」・・・いや、タコ「10」合戦。やはりノット/東響が、ダントツに凄い! P・ヤルヴィ/N響が、越えるかどうか? 今から楽しみ。

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