2017-03

2016・12・6(火)上岡敏之指揮新日本フィルハーモニー交響楽団

      サントリーホール  7時

 1カ月以上の間、1日も休みなしでコンサートやオペラに通い続けたのが祟ったか、風邪気味になって咽喉が痛み、咳が出る。
 午後に予定していた東劇での「METライブビューイング」の「ドン・ジョヴァンニ」は、残念ながら松竹へ欠席のお詫び連絡をし、自宅で吸入や薬やうがいで闘咳(?)。何とか辛うじて少し治まったようなので、夜はとにかくサントリーホールへ出かける。

 上岡と新日本フィルの演奏による、ストラヴィンスキーの「プルチネッラ」組曲、チャイコフスキーの「くるみ割り人形」組曲、プロコフィエフの「第5交響曲」という、「上岡のロシア・プログラム」だ。コンサートマスターは崔文洙。

 こういう芳しからざる体調の時は、あまり適切な感覚で音楽を受容できないことが多いものだが(まともな体調の時だって、怪しいものだが)今夜の上岡&新日本フィル、先頃の定期での演奏に比べると、何かちょっと散漫なように感じられたのは、こちらのコンディションの所為か?

 特に「プルチネッラ」と「くるみ割り人形」は、━━どうも上岡と新日本フィルは、こういう「軽い、洒落た」曲を手がけると、いつぞやの川崎での名曲コンサートでもそうだったが、何となく茫漠として掴みどころのない演奏になってしまう。自由なアンサンブルによる空間的なふくらみのある音を求める上岡の指揮と、それに呼吸が未だ合わぬ新日本フィルとのギャップが、「瀟洒で颯爽とした」曲想の作品では目立ってしまうのか? 
 ただし「プルチネッラ」では、手触りの少し温かい、柔らかい響きが━━新古典主義的作品における普通の演奏とはだいぶ違うとはいえ━━それはそれで面白かったけれど。

 プロコフィエフの「5番」の方は、もともと物々しい曲想の交響曲ゆえに、上岡と新日本フィルの演奏にもシリアスな量感が生まれ、正面から迫って来るエネルギーを感じさせる。
 最強奏における音色に濁りが生じる上に、オケとしての機能的な完璧さがこのところ薄れ気味なのが気になるとはいえ、速めのテンポで押し切ったこの演奏は、それなりに面白いものがあった。

 私が最も気に入ったのは、第4楽章の幕切れ直前の個所だ。そこまで「こけつまろびつ」突進して来た音楽の中に、突然別の世界から混入して来たように色合いの異なる響きが生まれる瞬間。
 指揮者によっては統一感を乱さぬためにさりげなくやってしまう人もいるが、それではプロコフィエフが意地を見せたアイロニー感が生きなくなる。その点、そこでの上岡の指揮は、かなりの段階までその「サプライズ感」を生かしたものだった。

 アンコールは、「くるみ割り人形」からの「パ・ドゥ・ドゥ」。定期でもアンコールをやるという珍しい癖を持つのが上岡である。

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