2017-11

2016・12・3(土)ジョナサン・ノット指揮東京交響楽団

      サントリーホール  6時

 定期公演。ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」の第1幕前奏曲、デュティユーの「チェロ協奏曲《遥かなる遠い国へ》」(ソリストはヨハネス・モーザー)、シューマンの「交響曲第2番」というプログラム。
 ちょっと渋めだが、いかにも「ノット&東響」らしい意欲的なプログラミングだ。コンサートマスターは水谷晃。

 「トリスタン」と「遥かなる遠い国へ」は、切れ目なしに続けて演奏された。これは、すこぶる秀逸なアイディアである。
 しかもヨハネス・モーザーは、「トリスタン」から演奏に参加し、ソリストの台の上でチェロのパートを一緒に弾く。おかげで、この曲のチェロのパートがいつもよりずっと目立ったのは当然だろう。

 その「トリスタン」も、ノットの指揮は濃厚なものではなく、デュティユーの透明で清澄な世界へ直結したような表現を採っているので、この2曲が続けて演奏される意味も明確になる。またデュティユーの協奏曲の方にも、「トリスタン」の世界からの浄化━━といった趣が加わって来る。
 2つの作品に、それぞれ単独で聴いた時とは全く異なった意味合いが付与される結果を生む━━これこそがまさにプログラミングの妙味といえるものであろう。

 休憩後のシューマンの「第2交響曲」は、先の2曲とは全く異なった色合いの、大胆かつ力動的な演奏となった。
 第1、2、4楽章は、それこそ一刻の休みも無しに動き回る世界だ。これは闊達というよりも、落ち着きのない躁状態と言った方がいいような表現ではないだろうか? かつてシノーポリがこの曲を精神病理学的に解釈し演奏してわれわれを驚かせたことがあったが、今夜のノットの指揮は、それと同じとまでは言わぬまでも、何かそれを連想させるものがある。

 そう思わせる理由は他にも、テンポの速さと、オーケストラの音色にあるだろう。この演奏は、明るく澄んだ音色ではなく、弦楽器全体が終始トレモロで震えているような響きに聞こえ、それが異常な緊張をつくり出しているように感じられたのである。

 このような特殊で見事な音色と楽器のバランスは━━これとは少し異質な、もっと柔らかいものだったけれども━━前音楽監督スダーンも、この東響との演奏でつくり出したことがある。ただ、スダーンの時には、曲の後半でオケが普通の状態に戻ってしまうことがあり、そしてこのノットの場合には、最強奏の際に音色が濁ってしまう傾向がある。今後の課題かもしれない。

 いずれにせよ、ノットが指揮する東響の演奏会には、退屈というものが無い。

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