2017-07

2016・11・19(土)大野和士指揮東京都交響楽団

     サントリーホール  7時

 定期演奏会Bシリーズ。フォーレの組曲「ペレアスとメリザンド」とシェーンベルクの交響詩「ペレアスとメリザンド」を対比させ、その間にデュティユーの「ヴァイオリン協奏曲《夢の樹》」(ソリストは庄司紗矢香)を挟むという興味深いプログラミング。コンサートマスターは四方恭子。

 管弦楽による2つの「ペレアスとメリザンド」の聴き比べは、面白い。ただ、今日の大野&都響のフォーレの「ペレアス」の方は、充分に誠実で丁寧で優しい演奏ではあったが、いわゆる馥郁たる美しさとは少しく異質な、生真面目に整い過ぎたものだったかもしれない。

 一方、シェーンベルクの交響詩は、原作のどこをどう押せばこんなに猛々しく濃厚な音楽が出て来るのかと微苦笑させられるような作品だが、その重苦しく厚ぼったい強面の曲想なるがゆえに、ここでは大野と都響の良さもストレートに発揮されていたのではなかろうか。折々現われる叙情的な個所では、その演奏も豊かで柔らかい優しさを感じさせた。
 これは、先年のカンブルランと読響の洗練された色彩的な演奏、スダーンと東響の厳しい構築の演奏などに勝るとも劣らぬ快演だったことは確かだろう。とにかく、この2曲における都響の演奏のクオリティの高さは特筆すべきものだったと思われる。大野と都響の演奏の上での協同作業も軌道に乗ったようだ。

 デュティユーの「夢の樹」は、ナマではこれまで2回ほど聴いたことがあるが、やはりディスクで聴くよりもナマの音色の方が彼のオーケストラの音色の多彩さをより深く味わえる。
 8年ほど前に、パスカル・ヴェロが仙台フィルを指揮し、オリヴィエ・シャルリエがソロを弾いた時には、第3楽章のあのチューニングを真似する個所で、シャルリエが大芝居をして見せたのが面白かったけれども、今日の庄司紗矢香はそういう世俗的?なことはあまりやらない(日本人がそれをオーバーにやると、どうもわざとらしくなって、座りが悪くなるのだ)。しかし、彼女の演奏の生気に富んだ瑞々しさは、シャルリエとは全く違って、この曲の澄んだ叙情的な要素を見事に浮き彫りにしていたのだった。

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/2583-e6bf3259
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

カテゴリー

全記事表示

全ての記事を表示する

RSSフィード

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」