2017-07

2016・11・18(金)ウルフ・シルマーが語る
「ライプツィヒとワーグナー」

     あうるすぽっと  7時

 ライプツィヒ歌劇場の芸術総監督・指揮者のウルフ・シルマーが、日本ワーグナー協会の例会で「ライプツィヒとワーグナー」について語った。

 もちろん、彼が芸術総監督を務めるライプツィ歌劇場のPRをも兼ねてはいたのだが、ワーグナーとその出身地ライプツィヒの関係が意外に疎遠であったことについてなど、興味深い話もなかなか多かった。
 その「疎遠」なるものの要因は、1834年にワーグナーが最初の力作オペラ「妖精」をライプツィヒ歌劇場に持ち込んだところ無碍に断られたことに端を発し、20世紀半ば以降のウルブリヒト東独政権の方針がワーグナーの思想と相容れなかったことなどにも至るという。

 特に、ライプツィヒ歌劇場で1970年代前半にヨアヒム・ヘルツが演出した「ニーベルングの指環」が、あの画期的なパトリス・シェロー(現地でその舞台を観ていたという)のバイロイト演出に多大な影響を与えたほどの個性的な舞台であったという話は、ショッキングなものであった。
 だがその上演は、ウルブリヒト政権から批判を浴びたこともあって、国営テレビの映像はおろか、何一つ記録が残っていないのだそうである。

 ヨアヒム・ヘルツの演出といえば、ワーグナーの作品としては「さまよえるオランダ人」の映画版映像が残っているが、それは当時としては、実にユニークな解釈のものであったはずだ。
 その伝説的な名演出家による幻の「指環」━━想像を膨らませてくれたシルマーの講演。 
 蔵原順子さんの通訳が明晰そのものだったので、実に解り易かった。

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