2017-06

2016・10・15(土)ジョナサン・ノット指揮東京響&イザベル・ファウスト

     サントリーホール  6時

 新宿初台のオペラシティから、赤坂のサントリーホールに移動。1日のうちに、2人の素晴らしい女性ヴァイオリニストを続けざまに聴けるとは、何と幸いなこと。
 こちら、音楽監督ジョナサン・ノットが東京交響楽団(コンサートマスターはグレブ・ニキティン)を指揮する定期には、イザベル・ファウストが登場し、ベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」を弾く。

 この曲で、これほど聴衆が熱狂的に沸いたのも珍しいだろう。事実、これだけスリリングで緊迫感に満ち、しかも美しい演奏は、滅多に聴けるものでもなかろう。
 イザベル・ファウストのソロが、真摯で自然で、しかも精妙で、まるで1小節ごとに音楽の色合いが変化して行くような感を与える。そうした多彩な変化と起伏を保ちながら、しかも全曲を驚くべき集中力で完璧なバランスに構築して行く演奏には、本当に圧倒された。ノットも、速めのテンポを採りつつ、東響を自在に制御する。
 そのように両者が、のびやかでありながら一分の隙もなく、楽曲をがっしりと堅固な構造体に組み立てて行くといったおおわざを見せてくれると、この長大な協奏曲も実に短く感じられてしまうのである。

 なおファウストが弾いた第1楽章のカデンツァは、例の「ピアノ協奏曲編曲版」のカデンツァに彼女自ら手を加えたものの由で、ティンパニとの掛け合いが面白い。
 第3楽章では、冒頭のロンド主題のソロを軽快な舞踊曲のようなイメージで開始し、さまざまな起伏を繰り広げた後に、全曲最後の3小節間のロンド主題をこれまた軽快に優しく、思い出のように弾いて結んだが、この洒落たセンスは何とも見事だ。
 ソロ・アンコールは、ギユマンの「アミューズ」という曲だったそうだが、そのダンス的な曲想が、協奏曲のロンド主題とイメージ的に関連しているような気がして、これも面白かった。

 プログラムの後半には、ショスタコーヴィチの「交響曲第10番」が演奏された。彼の生誕100年記念の今年だが、どういうわけかこの「第10番」ばかりが演奏される、という不思議な状況である。
 それはともかく、私は先日、ロジェストヴェンスキーが読響を指揮した色彩的な変化に富む「10番」の演奏の呪縛からいまだに逃れられず、正直、困っている(?)のである。このノットと東響の直截な力に満ちた演奏を聴いているさなかにさえ、どこかにもう少し色濃い情感を探し求める、そんな心理が働いてしまうのだ。申し訳ない。

 カーテンコールで、ノットはまた単独でステージに呼び戻された。彼の人気は今や凄い。昔、バンベルク響と来た時は、これほどではなかった。それだけ、今の東響との相性が良いという証拠だろう。

コメント

東条様、いつも拝見しています。私がFacebookにしるした駄文です😊→サントリーホール、ジョナサンノット、東京交響楽団の定期演奏会を聴く。あまりにも、前半のファウストのベートーヴェンのバイオリン協奏曲が凄すぎた。人によっては、やり過ぎだ、と感じるパフォーマンス❗さて、後半のタコ10、メインデイッシュとしては、小さく纏まっていた。ジョナサンノット、東京交響楽団の演奏会は、全面的な称賛の嵐である。私のお友達で、そのコメントを拝読している、H川さんは、はっきり、欧州遠征が心配なパワー不足と評されているが、わかります。あまりにも、ファウストのベートーヴェンと、先日のブラームス交響曲第一番が圧倒的だった。H川さん同様、東京交響楽団を愛する、欧州遠征成功を祈る一聴衆として、タコ10のギアチェンジを希望します🎵

大吟醸

極上のベートーヴェンでした。終わった後の拍手が質量(?)ともに桁違いで、まさに万雷の拍手とはこういうことを言うのだろうという盛大な拍手でした。精米歩合70%と研ぎ澄まされた大吟醸なのにお米の味がしっかり残って馥郁たる香りを発している・・・そんな名演でしたのでそれだけの盛り上がりもむべなるかな。    ショスタコは後半尻上がりによくなっていったけれど、前半にあれだけの超がつく名演を聴いてしまっただけにもうこれ以上の幸せはいらないという感じになっていました(首席ホルンが不安定だったことも冷めてしまった一因)。

おじゃまさせて頂きます。東京響のコンサートでは、このところ屡屡、一生記憶に残りそうな演奏に遭遇する。この日は、もしかしたら(私の中での)今年のベスト5に入るかもしれない(このあともまだパリo、BRSOなど色々あるけれど)恐ろしくインパクトのあるコンサートでした。 ファウストは相変わらずスゴイ!何を演ってもハズレなし!今回のベートーヴェンは、かつてチェコ・フィルとの演奏も忘れられない。オケが落ちるアクシデントにも笑顔で反応。 「1小節ごとに音楽の色合いが変化していく」 ← マーラーの交響曲を聴いているかのような景色が変わっていくような印象を私も得ました。 第1楽章カデンツァでのティンパニとの掛け合いは私の大好きな箇所。 「全曲最後の3小節のロンド主題をこれまた軽快に優しく、思い出のように結んだ」 ← 優しく、思い出のように・・・・・ 私には「さようなら」と笑顔で手を振っているように聞こえました。まるでそれとは知らず今生の別れとなってしまったような(これを書いていて青森で8月に自ら命を絶った13歳の少女の写真と演奏の記憶が重なってしまった)・・・・。    「洒落たセンス」 ← まさに! 私は、当日の衣裳にも彼女のセンスの良さが表れていたように思います。女性演奏家、歌手にありがちな(言葉は悪いが)下品なイヤラシサのようなモノをマッタク感じないんですね。なんか若い頃のクリスティーネ・シェーファーみたい。ステージ上を滑るような、まるで日本舞踊のすり足のように見える登場の仕方も好き。   そしてタコ天、いやタコ「10」! 猛烈に速いテンポで(ロジェヴェン/読響が遅いテンポの大巨匠風演奏だったので尚更そう感じる)痛快極まりない! オケがついてこれない程だ(第4楽章。コーダも一瞬ヒヤリとさせられた)。第2楽章は、もっと速い演奏を聴いたことがあるけれど(ガッティ/ロイヤル・フィル 驚異の3分台!)、同時期に全くタイプの異なる演奏が聴けて幸運でした。 目立つミスが幾つか散見されたので(ホルンの首席さんは、どうも第3楽章で繰り返されるE、A、E、D、Aの旋律が苦手なようですな。明らかに音を外した1回目。2回目以降もかなり危なっかしかったが、まぁ許せる範囲)、それらが修正できれば今日から始まる欧州ツアーもきっと大成功でしょう。 頑張って下さい!!

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