2017-04

2016・10・9(日)アンネ=ゾフィー・ムター 4日目

      サントリーホール  4時

 初台のオペラシティから、赤坂のサントリーホールへ移動。

 プログラムの演奏順が変更になり、無伴奏の作品であるペンデレツキの「ヴァイオリン・ソロのためのラ・フォリア」が冒頭に演奏(日本初演)されたが、これは良い選択だっただろう。
 それほど先鋭的でない、跳躍の多い旋律と明解なリズム感を備えた前半の曲想から次第に華麗奔放な躍動に移って行く美しいこの曲を、ムターは実に大きな気宇を以って演奏した。もし演奏したのがムターでなかったら、これほど作品を面白く聴けたかどうか━━。
 とにかくこれは、幕開きから女王が堂々たる威容と強烈な存在感を示し、彼女以外の演奏者は単なる従者でしかない、ということを宣言してしまった感があった。

 そうなると、次に今日の指揮者クリスティアン・マチェラルと新日本フィルが演奏したフォーレの「パヴァーヌ」は、失礼ながら、箸休めみたいなイメージになってしまう。
 それに、このマチェラルという人の指揮には、何とも生気が感じられない。もしこれが当初の順序に従って1曲目に置かれていたら、およそ冴えない幕開きになっていたのではないか。

 そのあとの、ノルベール・モレの「夢の中で~ヴァイオリンと室内オーケストラのための(日本初演)、および休憩後のブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」は、いずれもムターの、まさに独壇場である。

 特に後者は「オーケストラのオブリガート付きの、ムターのためのヴァイオリン・ソナタ」と言ってもいいような演奏になった。
 テンポもデュナミークも、エスプレッシーヴォも、すべてムターの支配下にある。第1楽章や第2楽章で、彼女があわや止まるのではないかという段階までテンポを落しつつ最弱音に沈潜して行くところでは、指揮者とオーケストラもおとなしくそれに従う。第3楽章で彼女が情熱的に昂揚すると、「従者たち」もそれに従い、忠実にリトルネッロを奏でる。

 まあとにかく、ムターの女王ぶりは━━あくまで良い意味でだが━━立派なもので、彼女の芸風を余すところなく堪能できた演奏会ではあった。がしかし、ソリストの主張におとなしく従う(もしくは、従って見せる?)だけの指揮者が振ると、決して「コンチェルト」の面白味は出ない、ということが実証された場でもあった。

コメント

ムター節

モレはもともと“ムター節”を前提に書かれた曲ですが、実演で聴いて改めてその美しさを実感することができました。新日フィルの伴奏も素晴らしく、チェレスタ、マリンバの響きが印象的。一転して、ブラームスは指揮者、オケが“ムター節”に対応し切れていない箇所が多々あったようです。しかし、このコンサートに行く目的自体が“ムター節”を堪能することなのですから、私としてはアンコールのバッハも含め大変楽しめた2時間でした。

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