2017-07

2016・9・26(月)ロジェストヴェンスキー指揮読売日本交響楽団

       サントリーホール  7時

 今日はショスタコーヴィチ・プロで、「黄金時代」組曲、「ピアノ協奏曲第1番」、「交響曲第10番」。
 協奏曲でのピアノはいつものように(?)ヴィクトリア・ボストニコワ、トランペットは辻本憲一(読響首席)。コンサートマスターは前日と同様に小森谷巧。

 昨日のチャイコフスキーの、少し野放図な演奏から一転して、今日は引き締まって厳しい造型感の漲る、一音たりとも揺らぎのない演奏になった。音色も陰翳が濃いものに一変したが、その音にはなお彼独特のきらきらとした色彩が散りばめられていて、いわば「暗い輝き」といったものだろうか。これこそロジェストヴェンスキーの巨匠芸、その真髄であろう。

 テンポは相変わらず遅く、「10番」では第1楽章だけで約28分かかっていたが、但しその後は通常のテンポに戻ったため、全体では約63分を要するにとどまった。もちろん、楽章間では彼の流儀で、長い「間」は採っていない。

 重戦車のごとき厚みと重低音による演奏の量感も相変わらず物凄いが、昨日のチャイコフスキーと違って、こちらショスタコーヴィチ・プロでは、それらは長所になるところが多い。
 「黄金時代」など、一般の演奏では軽妙洒脱なアイロニーが躍動するものだが、それがどっしりとした量感でゆっくり演奏されると、まるで厳めしい巨人が笑っているような、別の可笑しみが出るだろう。しかし、「アダージョ」(第2曲)では、普通の演奏では気がつかないような、魔性的な要素も浮き彫りにされていた。

 「協奏曲」では、ボストニコワの、あまり華やかな技巧を誇示しない落ち着いた円熟のソロに対して、ロジェストヴェンスキーも予想外に柔らかいサポートで臨む。トランペットのソロも、やや控えめではあったものの、充分に責任を果たしていた。

 「10番」の演奏の見事さは、群を抜いていただろう。
 長大な第1楽章でも、音符の一つ一つに瑞々しさがあり、2つの主題のそれぞれに鮮やかな色分けが与えられているので、形式感が明瞭に聴き取れる。凡庸な演奏ではだらだらと繰り返されるという印象になるこの第1楽章が、演奏時間の長さにもかかわらず、これほど要を得て感じられたことは、私には初めての経験である。

 第3楽章での、ショスタコーヴィチのモノグラム「D-Es-C-H」と、「若い恋人」エリミーラのモノグラム「E-A-E-D-H」との対比も実に鮮やかに描かれた。この2つが絡み合う結尾では、遠ざかるエリミーラの主題と、悩むような作曲者自身の主題との対比がまさに標題音楽的に描写され、あたかも一篇の私小説を読むような趣があった・・・・。
 CDではいくつかここを巧く演奏したものもあったが、ナマではこういう洒落た描写は、なかなか聴けない。このロジェストヴェンスキーと読響の演奏は、私の「10番」体験の、一つのハイライトとなろう。

 それにしても、読響の上手いこと。この3日間で、同じロシアの作曲家のものとはいえ、正反対のカラーを持つ音楽を見事に演じ分けるとは、素晴らしく多彩な表現力だ。
 もっとも、今にして思えば、この厳しいショスタコーヴィチでの演奏(の練習)に対して、昨日のチャイコフスキーでの演奏は、いわばストレス発散の場だったか?という気がしないでもないのだが、それはまあ・・・・。

コメント

聴き方がまだだ甘い(反省)

この演奏会から読み取るべきことはまだまだあるんだと改めて不明を恥じる次第。率直に申し上げて、第1楽章で、やはり高齢指揮者による弛緩は避けがたいのだと、そこここに光るものを感じながらも全体として「冗長」として捉えてしまい、それがその後を支配してなかなか感動を得られるところまでは達しなかったというのが本音。こうやってレビューを読ませていただいて深い洞察を改めて窺い知るとなんのためにあの場で耳を傾けていたのかと些か情けなくなってしまいます。
終わって見れば最後まで盛大な拍手を贈ったわけで、皮相な頭での感覚ではなく、心は揺さぶられてたのだから、そこが結びつかないのはまだまだ修行が足らないということですかねぇ?

お邪魔します。ロジェヴェンさん、久しぶりに聴けました。4年ぶりとのことでしたが、もっと長くご無沙汰だったような気がします。思ってたよりお元気そうで安心しました。      またしても“フラ泊”でましたねぇ。指揮者とオケの緊張が解ける前にRBブロック最後列付近のバカ奴ら(二人以上のグループなのは間違いない)が静寂を打ち破りましたね。 ったくお前らは拍手をしに来たのか音楽を聴きに来たのかどっちなんだっての! いくら残響が消えた後であっても指揮者とオケの(もちろん他のマトモな聴衆も含め)緊張が解ける前に拍手やブラヴォーをすればフライングになるんだぜ。 折角録音までしていて、いつかCD発売する計画でもあるんでしょうか? 雰囲気でわかれバカヤロー(ビートたけし風に読んで)。  素晴らしい演奏を聴いてもこれでは後味の悪いものになってしまいますよね。  話は逸れますが、次の日はエリアフ・インバルが大阪フィルでマラ「5」を指揮するのを聴くために遠路遥々出掛けたのですが、これがまた久しぶりに怒りを覚える程御粗末な演奏だったんですね。機会があったらいつか書かせて下さい。

この日に限っては

いつも興味深く拝見させて頂いております
>それにしても、読響の上手いこと。
まさにそのとおり、N響もかくや!と思わせました
しかし、カンブルラン/ベト8の演奏は温かったですね(笑)

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