2017-03

2016・9・23(金)チョン・ミョンフン指揮東京フィルハーモニー交響楽団

    サントリーホール  7時

 名誉音楽監督チョン・ミョンフンが指揮するベートーヴェン・プロ。
 前半にチョ・ソンジンをソリストに迎えて「ピアノ協奏曲第5番《皇帝》」、後半に「田園交響曲」。そしてアンコールに、日曜日のコンサートで演奏する「第7交響曲」の第4楽章。コンサートマスターは三浦章宏。

 チョ・ソンジンの若々しい「皇帝」が、力に満ちて爽やかだ。冒頭のカデンツァからして音色と表情に輝きがある。全曲、充分に躍動的で溌剌として瑞々しい。ただそれでも、どちらかといえば叙情的なイメージを感じさせる演奏━━という印象が残る。
 40年ほど前、小澤征爾の指揮とエッシェンバッハのソロで「皇帝」のレコードが出た時、豪壮さよりも端整さに重点が置かれた演奏が、「皇帝」というより「皇太子」というイメージだ、などと評されたことがあるが、このチョ・ソンジンの演奏も、どちらかというとそれに共通する色合いがあるかもしれない。
 ソロ・アンコールで弾いた「悲愴ソナタ」の第2楽章なども、ベートーヴェンのカンタービレの美しさを愛でるような演奏だった。

 チョン・ミョンフンの指揮も、東京フィルを温かい音色で、流れるように、伸びやかに響かせた。随所でホルンが強調されるのも面白く聴いた。とはいえ、第2楽章の最後、2本のホルンの長い持続音の上にピアノが最弱音で第3楽章の主題を予告する個所で、チョ・ソンジンはテンポを極度に落して音楽の流れを矯めた(これだけテンポを遅くしたピアニストは、私の聴いた範囲では41年前の荒憲一以来である)が、チョン・ミョンフンがその2小節目で公然とホルンに息継ぎさせたのにはちょっと驚いた。これは、このブリッジ・パッセージが本来備えている神秘性を、無惨にも失わせるものではなかったか?

 「田園」は弦14型だったが、ホルンは4本に倍管されていて、この曲でもホルンが強調されていたのが目立つ。アンサンブルはかなり「自由」な趣である。
 第4~5楽章に全体のクライマックスが置かれたが、とりわけ嵐が去り、日の光が雲間から指しはじめるオーボエのフレーズが醸し出す安息感は、今日は実に見事なものがあった。第5楽章の第1ヴァイオリンによる第1主題がこれほどレガートに安息感にあふれて「回復された平和」を歌い上げていた例も稀ではなかろうか。
 第2楽章でソリを受け持つチェロが、スコアに指定された2本でなく4本にされていたのは、14型編成の弦楽器群における音量のバランスを取る方法として的確なものだろう。

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