2017-05

2016・9・20(火)エリアフ・インバル指揮東京都交響楽団 定期B

     サントリーホール  7時

 モーツァルトの「ヴァイオリン協奏曲第3番」と、ショスタコーヴィチの「交響曲第8番」というシンプルなプログラム。ソリストはオーギュスタン・デュメイ、コンサートマスターは山本友重。
 デュメイを、彼が音楽監督を務める関西フィル以外のオーケストラで、コンチェルトのソリストとして聴くのは久しぶりである。

 そのデュメイは、雲つくような長身を翻しつつ、豪快に弾く。
 演奏の前に、手にしていたハンカチをクシャクシャのまま指揮台の傍に投げ捨て(乱雑!)、第1楽章が終ると無造作に床から拾い上げ、それで慌しく楽器を拭き、ついでに顔まで拭き、また投げ捨て、終ると拾わずに引っ込んでしまう・・・・という具合だ。音楽と関係ないじゃないか、と言われそうだが、実はその行動が演奏の雰囲気と、どういうわけかぴたりと合致していて、笑いを誘われるのである。
 演奏が乱雑だと言っているわけではない。だが、第1楽章の頭など、まさにエイヤと飛び込むような弾き方だったし、全体にかなり野武士的な、骨太な演奏で押し切ったのは確かだろう。

 こういう演奏のモーツァルトはあまり聞いたことがないけれども、この曲を一般に言われるようなギャラント・スタイルから解放し、ヴィヴィッドで剛直でダイナミックな要素を掘り起こしてみせるような演奏も、なかなか面白い。
 もちろんデュメイの演奏はそういう力任せの弾き方だけに終始しているのではない。やや武骨ながらも、美しい「歌」を持っていることには間違いないのである。
 ━━そのデュメイのソロを受けてかどうかは判らないが、インバルと都響の演奏も、いつもに似合わず、出だしからして妙に荒っぽく、オヤオヤと思わせられるものだった。

 しかし、後半のショスタコーヴィチの「8番」は、がっちりと凝縮した音の構築、速めのテンポによる強靭な推進力など、まさにいつものインバルと都響のそれである。
 第1楽章がこれほど求心性の強い演奏で聴かれた例は、それほど多くないだろう。第2楽章は「アレグレット」ではあるが、アジタートの要素がむしろ強い。特徴的だったのは第3楽章で、「アレグロ・ノン・トロッポ」の「ノン・トロッポ」を切り捨てた激しい驀進が息を呑ませる。その猛速の中で、ヴィオラもトランペットも、ぎりぎり踏み止まって闘った。

 ただ、そういう起伏の激しい演奏であっても、決して所謂「狂気」に陥らず、常に強い自己抑制力と、厳しい形式感を失わないのが、インバルのインバルたるところではなかろうか。全曲冒頭の強靭な低弦の響きから、全曲最後の消え入るような安息の響きまで、交響曲全体の構築上の均衡は、完璧に保たれていた。

コメント

久しぶりの東京の音楽会でした。休憩時間東条さんをお見かけしましたが、
二階へ急がれていたので、声をおかけしませんでした。
今年は北海道でもショスターコーヴィッチの8番は、広上淳一指揮札響、
ゲルギエフ指揮PMFオーケストラが演奏しています。
私の住む函館でも、ゲルギエフで聴くことができました。
インバルの演奏は流石に緊張感に満ちた素晴らしい演奏でした。
ヴィオラ、トランペットにも拍手。
ヴィオラの店村さんは、開園直前までカフェでお茶を飲んでおられ
ましたが、本番は流石でした。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/2526-a6756191
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

カテゴリー

全記事表示

全ての記事を表示する

RSSフィード

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」