2017-07

2016・9・9(金)上岡敏之指揮新日本フィルハーモニー交響楽団

     サントリーホール  7時

 新日本フィルと、この9月から正式に音楽監督となった上岡敏之の定期が、彼の得意とするR・シュトラウスの作品2曲でその幕を開けた。

 演奏されたのは「ツァラトゥストラはかく語りき」と「英雄の生涯」という大曲だが、こういうレパートリーは、上岡独特のサウンドを発揮させるには最適のものだろう。
 事実、その兆しは、曲ごとに、あるいは曲の中で演奏が進むごとに、明確に現われて行った。いわゆる「上岡ぶし」がこの新日本フィルとの演奏において全開するのはもう少し先のことだろうが、今夜の演奏には、明らかにその方向性は示されていただろう。

 「ツァラトゥストラはかく語りき」の劇的な冒頭部分は、思いのほかレガートに、殊更な大芝居的誇張をすることなく開始された。流麗ながら濃厚な、ひとひねりした色合いを備えた響きが、いかにも上岡らしい。全体にゆっくり、たっぷりしたテンポだった点も同様である。
 「科学について」のチェロとコントラバスのピアニッシモが、やっと聞こえるかどうかという最弱音でつくられたのもいつもの彼の流儀だ。ただ、演奏全体という点では、彼としてはむしろストレートな表現の部類に属するものだろう。

 「英雄の生涯」になると、流動性のあるテンポや、長い「間」の採り方、独特のバランスを備えた色彩など、上岡らしい個性が、もう少し強く出て来る。
 ここでも冒頭の「英雄の主題」は、あまり物々しくない流麗さで開始された。一見、穏やかで優しく、ただし一癖ある複雑な性格の「英雄」といったイメージだが、それが徐々に盛り上がり、一つの頂点を築いて行くあたりの呼吸は、すこぶる巧い。

 全曲最大の頂点はもちろん「戦い」とその「勝利」で築かれたが、その爆発点での音色が混濁せず、しかもテンポやデュナミークの昂揚が自然な流れのうちにつくられて行ったのも好ましい。作為的な大芝居は聞かれないにもかかわらず、全体に「濃い」演奏として印象に残ったのは、やはり上岡の巧みなオーケストラ制御と、新日本フィル(コンサートマスターは崔文洙)の柔軟性によるものだろう。

 各パートの奏者を讃えるカーテンコールが長く続いたあと、これで終りと思った途端、何とアンコールが始まり、「サロメ」からの「7つのヴェールの踊り」が演奏された。これが実に見事な演奏だった。いたずらにダイナミズムを誇張して怒号することなく、むしろ怪奇な雰囲気を持った暗い音色で、官能性を濃厚に浮き彫りにする━━。
 上岡独特の個性を自然に出したこの曲での演奏こそ、彼と新日本フィルの今後の方向性を暗示または象徴しているかもしれない。
      音楽の友11月号 Concert Reviews

コメント

見事な評論

新音楽監督

意外性を追求するようなところは、少しすわりが悪かったが、概ね東条先生に同意。ただ、シティ・フィルか!と言いたくなるようなトラの多さは、やはり気になった。若い頃の小沢征爾を思わせる意気込みだが、なるべく穏便に進まれんことを。

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