2017-11

2016・8・21(日)セイジ・オザワ 松本フェスティバル(2)
吹奏楽パレード

 「サイトウ・キネン・フェスティバル」第1回以来の名物となっている、市内外のブラス・バンドを集めてのパレード。

 実は私は、このフェスティバルに25年間連続して通いながら、これを観るのは今回初めてなのである。たまたま泊まった場所が伊勢町交差点にあるリッチモンド・ホテルで、吹奏楽パレードはその伊勢町通りの「Mウィング」前からスタートするため、これ幸いと見物しに行った次第。

 快晴の中、午前9時30分に開始されたパレードには、市内や長野県近郊の小中学校のバンド部から、信州大学吹奏楽団、社会人バンドにいたる計53団体2700余名が参加。全部が通り抜けるには1時間10分かかる。

 各々の団体がそれぞれの曲を演奏しながらの行進だが、一番威勢が良かった松本市消防団ラッパ隊は別として、辰野中学校吹奏楽部や伊那市立東部中学校吹奏楽部のように活気のあるまとまった演奏を繰り広げつつ進んで行くのもあれば、演奏や行進の姿勢に何となく元気のない団体もある。そういうテンションの低い行進と演奏になる原因は、おしなべて選曲と編曲にあると思うのだが如何? これは先生の責任ではなかろうか。

 パレードは、伊勢町通りから本町通りと大名町通りを抜け、松本城公園に入る。
 ここで11時から、参加団体からの抜粋メンバー1600名の合同演奏となる段取りだ。お城の公園で演奏されたのは、「ラデツキー行進曲」と、県歌「信濃の国」。
 ━━その「県歌」は、「長野県人なら誰もが知っているこの曲。第1回の合同演奏から定番となっています・・・・ぜひ一緒に歌いましょう」と、チラシにある。第1連は「信濃の国は十州に 堺連ぬる国にして・・・・」と始まり、「海こそなけれ物さわに 万ず足らわぬ事ぞなき」と結ぶ。随分、難しい言葉を使うものである。
 猛暑で日差しも強烈なので、全部は聴かずに失礼した。

 パレードが去ったあとの街路で、1人の警官(!)に声をかけられた。
 以前は朝比奈隆のファンだったそうで、今でも東京までよく演奏会を聴きに来られるという、熱烈な音楽ファンの方である。「昔はオーケストラのメンバーもパレードに加わったものですが、今はそういう余裕もなくなったらしい・・・・あの頃は、お城での合同演奏で時々小澤さんも指揮してくれて。そうするとバンドの音が見事にガラッと変わってしまったものですよ」と、懐かしそうに話してくれた。
 諸行無常というほど大袈裟でもなかろうが、フェスティバルの雰囲気も、25年も経つと変貌して来る。残念だが、仕方のないことかもしれぬ。

 だが、パレードでは、各団体の各々間に、「SEIJI OZAWA MATSUMOTO FESTIVAL」のロゴの入ったフラッグを掲げた旗手たちがそれぞれ3~4人ずつ行進し、沿道に設置されたスピーカーから流れる紹介のアナウンスの中でもその名称が繰り返し出て来る。
 同じロゴのフラッグは、主要道路のすべての電柱にも、はためいている。
 沿道を埋め尽くした見物人の目と耳に入るのは、以前は「サイトウ・キネン」だったが、今では「セイジ・オザワ」の名だ。彼の名は今まで以上に松本の街に浸透することになるだろう。
       ⇒別稿 モーストリー・クラシック11月号

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