2017-11

2016・8・15(月)ザルツブルク音楽祭(終)
R・シュトラウス:「ダナエの愛」

     ザルツブルク祝祭大劇場  7時

 オペラのプログラムに載っている当該作品の上演史「CHRONIK」を見ていると、歴史の流れが感じられ、興味深い。
 この「ダナエの愛」については、1944年8月16日の総練習(戦況悪化のため本番上演は出来なかった)では、クレメンス・クラウス指揮、ルドルフ・ハルトマン演出に加え、ユピテルをハンス・ホッター、ダナエをヴィオリカ・ウルズレアクが歌っていたという記録が見える。そういう時代だったのか、と感慨が起こる。
 なお同祝祭での初演は1952年、同じ指揮者と演出家で行われていた。

 そして、私がこのザルツブルクで見た2002年の上演は、実にこの祝祭での50年ぶりのものだったことも分かる。
 あれはファビオ・ルイージの指揮、ギュンター・クレーマー演出で、たしか株の暴落と大恐慌を題材にした舞台だった記憶がある。ダナエ(デボラ・ヴォイトだった!)がラストシーンで大神ユピテルの誘惑を振り切り、貧しくとも愛のある生活を求めて、雨の中に傘を広げて去って行く光景が実に印象的だった(ただし共同制作のザクセン・ドレスデン州立歌劇場で観た時は、最後の場面は大きく変えられていたが)。

 さて、それに対して今回のアルヴィス・ヘルマニスの新演出は、まるでアラビアン・ナイトかなにかのような衣装による舞台の、一種のお伽話的なプロダクションになった。
 ミダス王の世界は、高価なペルシャ絨毯(?)をはじめ、舞台全体が煌めく黄金色に彩られる。そして彼が黄金を失って質素な生活に陥る世界は、一面の白色の世界(但し明るい)。ダナエがいずれを選ぶか迷う「黄金の豊かな世界」と「貧しいが愛のある世界」の対比がそれである。彼らの衣装もその対比の中に変化する。

 こうして、黄金を捨て、愛のみに生きる決意を固めたダナエは、ユピテルを見向きもせず、一心に絨毯を織る仕事に没頭し、ユピテルはそれを見て寂しく立ち去るという終結になるわけだ。
 いろいろな場面に登場する、黄金色あるいは白色の衣装をまとったダンサーたちの動きが美しい。またユピテルの最初の登場場面には大きな白い象のセットが現われたり、貧しくなったミダスの世界には本物のロバが出て来たり、といった余興も含まれる。

 かような、いわば「娯楽的な」要素を強めた演出は、おそらくR・シュトラウスのマニアたち━━ホフマンスタールやグレゴールのそれも含めて━━からは、甚だ顰蹙を買い、好まれざるものであるかもしれない。
 ただ、舞台はこのようにお伽話的で、コミカルな要素の強いものではあっても、ユピテルやミダス王の演技には一応それなりの心理表現が備わっていて、単なるアラビアン・ナイト的物語だけでは終らせないものがあったことは、見逃してはなるまい。

 主役歌手陣━━ダナエにクラッシミラ・ストヤノーヴァ、大神ユピテルにトマシュ・コニェチュニー、ミダス王にゲルハルト・ジーゲル、メルキュールにノルベルト・エルンスト、といった顔ぶれにも、見応え、聴き応えがあった。何といってもコニェチュニーの、コミカルな味と、やくざのボスのような凄味とを綯い交ぜにした存在感が映えていた。

 だが、これぞさすがと舌を巻かされたのは━━そして誰よりも拍手と歓声を熱烈に浴びたのは━━指揮のウェルザー=メストと、ウィーン・フィルである。
 ウェルザー=メストは、昨年の「フィデリオ」や「ばらの騎士」での指揮の見事さに続き、今年もこの祝祭で瑞々しい音楽を引き出してくれた。
 そしてウィーン・フィル━━何と言ったらいいか、R・シュトラウスの、特に中後期の作品を演奏する時に彼らが聴かせる独特の官能的な香りは、他のいかなるオケも及ばぬ境地のものである。この演奏を聴けただけでも、ザルツブルクまで来た価値があったと思えるほどだ。
 合唱はウィーン国立歌劇場の合唱団を中心とした編成で、今日は声量も凄まじく、アンサンブルも甚だ強力なものであった。

 今日は1階の最前列の席(1-20)。
 目の前のすぐ左手には、ウェルザー=メストが背中から上を見せて指揮している。彼は右手の指揮棒を時に後方にまで振り回すので、一度など指揮棒の先端が私の顔の前をかすめるといった具合で、迂闊にオケ・ピットを覗けるような状態ではない。
 私の席の左側には、オバチャンを含めた3~4人の日本人客が座っており、こんなレアなオペラなのに、プログラムも持たず、字幕も見ずに泰然としていたが━━第3幕が始まった時には、いつの間にかみんな消え失せていた。勿体ない話だ。私の後ろにいたロシア人客4人もいなくなり、私の周辺だけはどういうわけかガランとしてしまった。

 終演は10時20分。この3日間の滞在で同業者としては初めて出逢ったIさんと、シュテルンブロイでソーセージやウィーナー・シュニッツェルを食べながら深夜まで雑談。イケメン嗜好の彼女の見立てでは、今日のミダス王は、ダナエが一目惚れするにふさわしい相手ではない、とのことであった。

(付)翌日のザルツブルク発ルフトハンザLH1595/OS0265、およびフランクフルト発羽田行LH716で帰国したが、折しも東日本は台風が通過中のはず。どのように避けるのかと思っていたら━━普通ならシベリア上空を一路東進、ウラジオストクあたりを通って新潟の方へ南下するルートを採るものだが、今回はモンゴル上空から中国へ、北京、天津、渤海、黄海、ソウル南方を飛んで朝鮮半島を横切り、金沢上空から日本に入るという、意外なルートが選ばれていた。ルフトハンザでもこんなルートを通ることがあるのかと驚いたり、感心したり。
 しかしそのルートの所為でもあるまいが、とにかくのべつ猛烈に揺れること、揺れること。お茶も味噌汁もジャブジャブ躍って、お椀から飛び出しかける。こぼれては勿体ないので、慌てて飲む。
 こういう時、日本の航空機だったら、すぐに「機長の指示により客室乗務員も着席いたします」とか、切羽詰まったような声で言い、サービスを止めてしまうところだが、ルフトハンザの客室乗務員は、どんなに機が揺れようと、平然たる態度で食事を出し続け、サービスを止めることはない。そこが凄いところだ。
 そして、これだけ例外的なルートを飛びながら、羽田にはほぼ定刻(17日12時20分)にぴたりと着陸したのだから、飛行機というのは、本気になると偉いものである・・・・。

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