2017-09

2016・8・9(火)ワレリー・ゲルギエフ指揮PMFオーケストラ

     サントリーホール  7時

 当初予定されていたメンデルスゾーンの「交響曲第4番《イタリア》」と、ショスタコーヴィチの「交響曲第8番」の間に、レオニダス・カヴァコスをソリストとしたブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」を追加する、という予告がかなり前に発表された時には、こいつは長くなるな、と覚悟したのだが・・・・。

 案の定━━それにまたカヴァコスがソロ・アンコールを弾くものだから━━「8番」が始まったのが8時52分。全曲の演奏終了は9時58分になった。
 だが、タフなゲルギエフとしては、このくらいは何でもないはず。オーケストラの楽員も若くてパワーがあるから、どうということはないのだろう。最後まで熱のこもった演奏を聴かせてくれた。

 今年のPMFのアカデミー生は、昨年に比べるとずっと実力水準が高いようである。
 今日の東京公演も、もうウィーン、ベルリン、アメリカのオーケストラからの教授陣は1人も入っておらず、若いアカデミー生のみの編成で演奏が行われたものだったが、技術の上ではもちろん申し分なく、音の厚さと密度の濃さ、響きの均衡、緊迫度の高さなどでも実に見事な水準を示していた。

 今年はゲルギエフも芸術監督としてかなり綿密に指導したそうだし、しかも本番での彼の強烈な牽引力がものを言って、これだけの演奏ができたのであろう。なおコンサートマスターを務めたのは、スー・ミンキュンという女性で、ハンス・アイスラー音大生とのことだ。

 「イタリア」は、冒頭の木管の軽快な刻みからして、極めて豊麗な音色で繰り広げられた。弦には少し学生オケのような雰囲気も感じられたが、それも最初のうちだけである。
 終演後の楽屋でのゲルギエフの表現によれば「オケがこういうふうにフワーッとして(と腕で大きく弧を描き)いたろう。良いオケだよ」という具合。彼らしい骨太のメンデルスゾーンだが、終楽章の追い込みなどでのエネルギーはそれなりに強力だった。

 しかし、何といっても圧巻だったのは、レオニダス・カヴァコスとの協演によるブラームスである。私は以前からこの人の大ファンなのだが、今日のブラームスの協奏曲も、本当に凄い。峻烈な演奏という表現がぴったり来るヴァイオリニストだろう。
 音に強靭な力があり、音色は非常に陰翳が濃く、瞬時たりとも緊張力に隙がない。これだけ剛直な、しかも翳りの濃いブラームスを聴かせるヴァイオリニストは、なかなかいないだろう。

 この迫力に、ゲルギエフはともかくとしても、若いオーケストラが刺激を受けずにはいられまい。第3楽章はもちろんのことだが、第1楽章でも第361小節以降の弦のトレモロの底力のあるクレッシェンドは、ゲルギエフの煽りもあって、不気味なほどの緊迫感に富んでいた。なお第2楽章でのオーボエは、植原祥子というフランツ・リスト・ワイマール音大生で、素晴らしく上手い。

 カヴァコスは、当然ながら、満席の聴衆の熱狂的な拍手を浴びる。カーテンコールのさなか、ステージ袖からゲルギエフが「弾け、弾け」と煽るようなジェスチュアを見せるので、それではと弾き出したのが、バッハの「無伴奏ソナタ第2番」からの「アンダンテ」。これまた濃い翳りを持った、沈潜した深みを備えた演奏だった。

 ショスタコーヴィチの「第8交響曲」の演奏に関しては、もう予想通り、いや、予想を上回る出来だ。ゲルギエフがこれまでPMFオーケストラを指揮したショスタコーヴィチの交響曲の中では、何年か前の「第11番」に迫る━━あるいはそれと並ぶ演奏水準に達していたのではないか? すでに札幌や千歳、函館で4回演奏して来たあとの東京公演だから、演奏も完成されているといっていいのだろう。

 アカデミー生だけの編成ゆえ、色彩感とか、その変化とかいったものにはやや物足りなかったとはいえ、艶のある低弦の力感、木管と金管の明晰な表情などを含め、演奏は卓越したものだった。全体のイメージは強靭剛直ながら、細かい部分には、弾力的でしなやかな息づきがあふれる。若いアカデミー生のオケからこのような精妙な表情を引き出し、自在に制御するゲルギエフのカリスマ性たるや、まったく見事というほかはない。
 全曲最後の、安息感と空虚感とが綯い交ぜになった終結が、決して暗いものでなく、むしろ明日へ希望をつなぐような優しさとなって消えて行くように感じられたのは、もしかして私だけかもしれないが・・・・。

 この終結でもゲルギエフは、長い間ホール内に感動的な沈黙と静寂を保たせた。そのあとのカーテンコールは結構長く続いたのだが、1回目で早くも客電が上げられてしまったのは、「もう10時だぞ」というブタカンの催促だったのかしらん。

 この東京公演が、今年のPMFの打ち上げとあって、楽屋はごった返す。もっとも、ゲルギエフの楽屋は、いつもこんな調子だ。
 私も一応、ブラヴォーを申し上げるために罷り出たわけだが、彼は私の顔を見るなり「1年ぶりじゃないか。俺は去年、ちゃんとミュンヘンで指揮したのに」と言い出した。実は昨年夏、「12月(11日)にミュンヘンであなたが指揮するのを聴きに行くから」と言っておきながら、当日は演奏の出来がやや腑に落ちなかったのと、ガスタイクホールの楽屋に行く道筋が判り難かったため、訪ねずに帰って来てしまったのである。私ごとき一介の業者が軽く洩らした一言まで覚えているとは、何とまあ、相変わらず記憶力のいい、如才ない人であることか。

 だが思えば、マリインスキー劇場(当時は未だキーロフ劇場)を、25年前に最初の日本人音楽記者として取材してからというもの、10年ほど前まではのべつサンクトペテルブルクに行ったり、ゲルギエフに数え切れないほどインタビューをしたりしていたものだった。そろそろまた、あの白夜祭に行ってみたいな、とは思うのだが・・・・。
      別稿 音楽の友10月号

コメント

ゲルギエフ指揮PMFオーケストラ(2016年8月9日)

メンデルスゾーンの第一音目。「私が聴きたいゲルギエフがはこれだ!」と感じる音から開演。第1楽章と第4楽章が特に印象的だった。ブラームスは第3楽章が魅力的。ショスタコーヴィチは全体が良く、終演後のゲルギエフの長いポーズとそれに共感する観客と時間を共有できたのが良かった。コンサートでの指揮者はマスターオブセレモニー(MC・イベントの進行係)であると言えるので、そこにいる人全員がMCの流儀に従うと気持ちの良い時間を過ごすことができる。
指揮台を使わず自由に奏者に近寄って踊るように指揮するスタイルも今回は最初から最後まで快調。久々に「ゲルギエフを聴いた」と感じられる公演だった。ショスタコーヴィチの大音響の場面ではサントリーホールの響きを熟知した指揮者ならではの残響音を楽しむ演奏が非常に面白かった(RB席での音)。

東条さんご指摘の通り、ゲルギエフ&PMFオーケストラの組み合わせの中で記憶に残るショスタコーヴィチ「交響曲第11番」(2004年・シンフォニーホールで聴いた)やチャイコフスキー「交響曲第5番」(2006年・KITARAホールと札幌芸術の森・野外ステージで聴いた)の演奏と甲乙つけがたい名演であった。プログラム全体のバランスが取れているという意味では今回が一番良かったかもしれない。
これらに加えて、2015年の公演(みなとみらいホール)も聴いたが、リハーサルによる細かい指導時間が限られたせいか、ゲルギエフらしいところが十分感じられない演奏であった。10年以上前の演奏の記憶は鮮明なのに、この1年前の演奏の記憶はあいまいである(東条さんの日記と同様の感想だったとの記憶はあり)。
今回のゲルギエフによる指導の密度は2006年には及ばないのではないかという気はするが、演奏会を5回重ねることによりサントリーホールでは「集大成」と言える演奏ができたのではないか。2006年は札幌芸術の森・アートホール内アリーナでの公開リハーサルやKITARAホールでの公開ゲネプロを聴く貴重な経験をしたが、特にアリーナでのリハーサルではゲルギエフの指導で演奏がみるみる変化するのを目の当たりにして本番同様に面白かった。今回も同様の指導が行われたであろうと想像した。

この日のサントリーホール公演は完売公演だったが、会場内はかなり空席が目立った。チケットが入手できずに鑑賞を断念した人もいたであろう公演なので空席が多かったのは残念。チケット販売開始後、ブラームス「ヴァイオリン協奏曲」が曲目追加となり、前半だけで(カヴァコスのアンコールを含めると)90分の仕立てとなった。この前半だけで「定期演奏会プログラム完成」と言える長さなので、ここまでで帰ってしまった人も少なくなく、客席はさらに空席増加。そして後半に大オーケストラによる60分を超える重量級のショスタコーヴィチを演奏するということで、9時過ぎ頃からは楽章が進むごとに聴衆が一人減り二人減り…となっていた。遠方から聴きにくる人もあり、ある意味では仕方がない。
なお、メンデルスゾーン:暗譜・指揮棒なし、ブラームス:楽譜あり・指揮棒なし、ショスタコーヴィチ:楽譜あり・爪楊枝状の指揮棒あり・一部指揮棒なし。

PMFのゲルギエフ

今年のPMF、ショスタコ8番ということで期待していたがなんと大阪に来ずでした。マゼールのときも期待したが体調不良で実現しなかった。その余韻がこれか。
たしかに2004年の11番は記憶に残る11番でした。いまだに若者の小太鼓の連打とその後の静寂の対比が記憶にある。あの日は淀川の花火の日と重なり打楽器の連打に花火の音が重なるという11番でもあった。爪楊枝の指揮棒を振りながらの。
彼は非常にタフな男で大変なスケジュールをこなしながら飛行機の中で楽譜を読むというような忙しさがあだとなり期待を裏切ることもあるようだ。10月のマリンスキー管はどうなることか。

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