2017-07

2016・7・23(土)クリスティアン・アルミンク指揮群馬交響楽団

      群馬音楽センター  6時45分

 東京芸術劇場での演奏会終演後、池袋から上野へ出て、上越新幹線で高崎へ向かう。

 久しぶり、アルミンク。今日は群響定期に客演して、ブルックナーの「交響曲第8番」を振る。これ1曲だが、今回もこれで充分。「ハース版」を久しぶりに聴く。こちらの方が「ノーヴァク版」よりずっといい。

 群響も、ホールのアコースティックによる不利を克服して、好演した。本調子が出て来たと感じられたのは、しかし第1楽章も終りに近くなってからである。弦(コンサートマスターは伊藤文乃)は第3楽章の主題で透明な音色となり、特に第4楽章ではハッとするほどクリスタルな美しさとなった。
 金管は、トラを含めたホルン・セクション(ワーグナーテューバとアシスタントを含め総計9人)が、非常に強力なところを示した。応援隊の力を借りたとはいえ、先日のショスタコーヴィチの「10番」での問題を払拭したのは結構なことである。

 だがその一方、トランペット3本にはもっと強靭な力が欲しい。第2楽章の第49~52小節(ここはフォルテ3つ、しかもアクセントが付けられている個所だ)や、第4楽章第11~14小節と第25~28小節、および同楽章コーダの【Xx】以降などは、トランペットは全管弦楽をリードする重要な役割を果たす個所なのである。それゆえ、もっと高らかに抜きん出て響かなくてはならないはずなのだ。

 アルミンクは、特に第3楽章でかなり遅いテンポを採った。また彼のアプローチは、エネルギーで押すよりは、沈潜する指向のブルックナーと見受けた。
 壮大に咆哮するブルックナーではないが、もともとこのホールのアコースティックでは、それは望むべくもなかろう。アルミンクも意図的に抑制していたのかもしれない。もしよく響くホールでこの演奏を聴いたら、さぞ瑞々しく透明な響きの、しっとりしたブルックナーになっただろうと惜しまれる。
 つまりアルミンクの本来の狙いが━━テンポの設定や、第3楽章での沈潜した叙情美の演奏を聴く限り━━若い頃のカラヤンのそれにも似た、祈りを捧げるような、神秘的で清澄なブルックナー像をつくり上げることにあったのでは、と思われるからだ。

 プログラムは1曲なので、8時15分を回った頃には終演となった。いつものように終演後のホワイエでは、楽員が聴衆の質問に答える集いが行なわれる。帰らずに集まった聴衆は100人以上。わが国のオーケストラの中でも、群響ほど熱心で温かい定期会員を擁している楽団は、他に例を見ないという気がする。
 すでに高崎駅の近くに新ホールの建設が始まっているという話を聞いた。音響の完璧な会場でお客さんが群響の演奏を愉しめる日が1日も早く訪れることを願ってやまない。

 21時07分高崎発の「MAXたにがわ414」で帰京。この「たにがわ」は、停車駅が多く、東京駅まで61分もかかり、しかも高崎駅では14分もあとから来る「はくたか576」に、東京駅ではわずか4分後に迫られる、という列車なのだが、「はくたか」より空いているし、パソコンを開いて仕事をするにはこの方が都合がいい。それに、高崎駅での21時を挟む前後計30分の範囲における上り新幹線の選択肢は、この2便しかない。
 ついでながら、まだ21時前だというのに、改札口近辺の駅弁の店は全てシャッターを下ろしてしまっているとは、なんとも商売気のない所だ。
  別稿 音楽の友9月号 Concert Reviews

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お疲れさまです。ありがとうございます。群馬に行くときは参考にします。

東条さん大フィルの500回定期。
お聴きに成らなかったのですか?

また来てね、アルミンク

 初めて投稿させていただきます。
 私は二日目の太田会場で聴きました。中規模のホールで、ステージが近く細部まで(音量も豊富に!)聴けました。
 アルミンクさんは新日本フィルの時より逞しくなったようにみえ、演奏も強奏部の入りにはガツンとくるし、骨太で構築的だと感じました。スケルツォ楽章のトリオでも、彼が以前話してくれたブルックナーの故郷の荒涼たるごつごつした山里を思い浮かべました。
 一方で全体的には、テンポの緩やかな東条様が仰る「しっとりとした沈潜するブルックナー」であり、日本の聴衆の性質を心得て、作曲者の心象を丹念に描き出そうとしているようでした。同じ曲でも、先のJ.ノット&東響のデジタルな名演と比べる
と、アナログ的な「人間くささ」に安堵感を覚えました。緩徐楽章など緩やかにうねるウィーンの音楽そのもので、主人公が果てしなき道を彷徨いながら辿っていく情景が浮かび、思わずため息が漏れてしまいました。
 群響の演奏は硬直的でなく、曲の細部にまで集中し、表現力に富み心が満たされる名演奏でした。東条様が群馬までお出かけになったお気持ちを自分も共有できている気分です。いつの日かアルミンクさんが、ウィーン・ニューイヤーコンサートの指揮台に颯爽と立つことを、夫婦そろって待ち望んでおる者でございます。

東京の音楽文化はグローバル化の方向へ向かい、地方は特色あるローカル性の探求の方向へ、(例えば、群馬県では草津音楽祭や群響・アルミンクのブルックナーチクルスなど、ウィーンの音楽を基軸とする本場の音楽の導入で独自性を示そうとしているようにみえる)という分担になっていくのかな。

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