2017-05

2016・5・13(金)サイモン・ラトル指揮ベルリン・フィル 3日目

     サントリーホール  7時

 今日の二つの「ヘ長調交響曲」━━「8番」と「6番《田園》」は、すこぶる気魄に満ちた演奏で、随所に独自の強い主張が織り込まれていた。
 こうなるとやはり、初日のあの平板な演奏は、やはり時差ボケか疲れのせい、ということになるのだろうか? 昨夜の「5番」も絶賛されていたようだし・・・・。

 「8番」は、豊麗な響きの裡にも、鋭いデュナミークの対比と、大きな起伏と、強い推進力とを充分に備えた演奏となっていた。第1楽章冒頭の1小節のみ、弦の主題の8分音符の動きが管にマスクされてしまい、ぎくりとさせられたが、それ以降は均衡豊かな快演である。
 緊迫性という点では、このコンビの初期の頃の演奏より少し自由さが増したように思うが、曲想が移り変わるのに応じた管弦楽の音色の多彩さは、流石のものがあるだろう。

 後半の「田園」は、今夜の圧巻といっていい。
 極度のピアニッシモが随所に使われており、そのやっと聴き取れるような最弱音は、特に第2楽章で微細かつ精緻なニュアンスを最高度に発揮していた。第5楽章では、特に弦の各パートの織り成す線が明快で、それらが交錯して行くさまが素晴らしい。ラトルの(昔よりまろやかになったとはいえ)精妙な音づくりと、樫本大進をコンサートマスターとするベルリン・フィルの巧さが、この「田園」では見事に生きていただろう。

 この「田園」、今日の演奏よりは、キング・インターナショナルから発売された昨秋の録音における方が演奏にスウィングが感じられ、もちろんアンサンブルも整っている。そしてまた、かつてスクロヴァチェフスキがあんなにも美しく歌わせた第5楽章のヴィオラのフレーズ(第64~71小節、第117~124小節)を、ラトルもまた、やや控えめではあるがカンタービレを利かせて歌い上げていたのが、録音では明確にわかる。
 今日のナマ演奏では、そこまでの細やかさは聴き取れなかったが、これは1階席では無理だろう。2階席でなら、あるいは明瞭に聴き取れたかもしれない。
 だが一方、ラトルとベルリン・フィルのあの念入りなピアニッシモの妙味となると、これはもう、1階席でだろうと2階席でだろうと、やはりナマで聴いた方が、美しさもはるかに際立って聞こえる。

 正直なところ、初日は本当に落胆して会場を出たのだが、今日はかなりの程度まで彼らの本領に触れることができたようだ、という、ある程度の満足感。

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