2017-05

2016・3・30(水)多賀城版オペラ 絵本音楽劇「魔法の笛」

    多賀城市文化センター大ホール  6時30分

 東北新幹線から仙台駅で仙石線に乗り換え、約20分で多賀城駅に着く。陸奥国の国府でもあった、歴史的にも有名な、あの多賀城である。

 今回のオペラは、「多賀城世界絵本フェスタ」のフィナーレを飾る行事として、多賀城市の情熱と意欲のもとに企画されたとのこと。内閣府の地方創生の交付金を受け、ホール(客席数最大1120)に観客が抽選で無料招待された。
 こういう「文化まちづくり」にモーツァルトのオペラ「魔笛」の上演を組み込んだということに、まず最大の敬意を払わなくてはならない。いかにも「史都」にふさわしい試みというべきである。

 構成と演出をも手がけた志賀野桂一氏(多賀城世界絵本フェスタ総合プロデューサー、宮城県文化芸術振興審議会会長)によれば、制作にあたっては、ミヒャエル・ゾーヴァの絵本からイメージを出発させ(ただし著作権上の問題から、今回は絵本の内容を舞台に取り入れていない)、かつ物語を原作のフリーメイソン的要素から切り離し、「愛の物語」というコンセプトにまとめたという。

 そして物語の舞台を日本の陸奥に設定、主人公の多賀の王子タガーノ(タミーノ)と葉水奈姫(パミーナ)が体験する「火と水の試練の克服」を東日本大震災の「災害(火災と津波)の試練からの復興」に、また「試練を乗り越える勇気」を「子どもの教育」に重ね合わせるなど、今日的な話題性をも注入した。これも、東北での上演として意義ある解釈であろう。
 そういう点では、「魔笛」というオペラは、音楽の親しみやすさも含め、この種の企画にはぴったりの作品である。いいオペラを選んだものである。

 上演は、原則的には原曲に忠実だが、全曲の一部をカット、あるいは繰り返しを省くなどの縮小が行なわれ、さらに編曲(杉山洋一)による楽器編成の縮小も施されていた。
 進行はドイツ語歌唱(字幕付)と、日本語のセリフ(脚本・潤色は小山高生)との組み合わせだ。セリフは当然ながらかなり変更されている。
 ストーリーには、序曲の間に、夜の女王の「娘への依存症」を危惧した夫王(背登修/セトス)が、自らの亡き後の統治を親友ザラストロに託す、というパントマイムが設定されていた。また全曲の最後には、ザラストロと夜の女王が和解するといった解釈も挿入されていた(これは特に目新しい解釈ではない)。

 衣装が面白い。タガーノの衣装は、オペラの原作のままに「日本の狩衣」とし、その他、古代の日本を連想させるいくつかのタイプの衣装も取り入れている。この衣装は全てすこぶる凝ったもので、さぞやカネがかかったろうと思ったが、実は地元の多賀城市で保存されている「万葉衣装」を借り、能装束風の衣装を製作あるいは借用、蛇や獅子も地元の民族舞踊のそれを使用するなどして調達したとのことである。巧い方法だ。また合唱団は、自前の服を利用したという。

 演奏は、杉山洋一指揮の仙台フィル。志賀野桂一の構成と演出で、沙羅修登呂(ザラストロ)を倉本晋児、タガーノ(タミーノ)を新海康仁、葉水奈姫(パミーナ)を文屋小百合、夜の女王を早坂知子、「鳥人パパゲーノ」を高橋正典、「鳥女パパゲーナ」を齋藤翠が歌った。
 他に、「3人の魔女」(夜の女王の侍女)は申寿美・在原泉・松岡朋美、3人の童子をヒューレット・マリ・及川亜紀子、佐藤瑛利子、異人(モノスタトス、歌無し)を樋渡宏嗣、鎧の男(弁者、歌無し)を渡部ギュウ、といった人々が出演している。合唱は「多賀城魔笛有志の会」。

 歌唱面では、タガーノ(新海)、パミーナ(文屋)、パパゲーノ(高橋)が好演していた。演技とセリフ回しでは、鎧の男(渡部)と異人(樋渡)が迫力を利かせていた。渡部ギュウは4月半ば、仙台フィルの現地定期及び東京公演「レリオ」(ベルリオーズ)でナレーター役を務める人なので、これは期待が持てる。

 但し、問題も無くはない。現代音楽の指揮の領域で定評のある杉山洋一の指揮するモーツァルトは初めて聴いたが、予想外に重いリズムとテンポで進めていたのには首をひねらされた。モーツァルトの音楽が持つスピリット、登場キャラクターの闊達さなどを考えれば、演奏はもう少し引き締まって緊迫感を持つべきだったと思う。

 演出の面でも、もし再演するならばだが、改善すべき点が多い。全体に場面転換や台詞の「間」をもっと刈り込み、また音楽と台詞との「間」ももっとテンポ感のある進行にして、リズミカルに流れる構成にすることが不可欠だろう。演技の面でも同様、いくら主旨が意義あるものであっても、ぞろぞろと出て来て客席の方を向いて並び、おもむろに歌い出すといったような学芸会的な動きでは、目の肥えた観客にアピールすることは出来ない。

 だがともあれ、これは本当に立派な企画であり、実行に携わった全ての関係者に、大きな賛辞を捧げたい。
 敢えて言えば、ここまでやるなら思い切って、動物たちの登場する場面や、大団円の場面にご当地の踊りを入れてみるとか、そのくらいの独自色を打ち出してみるのも面白いだろう(旧い時代のオペラでは、大団円の場面にしばしばバレエを入れていたものだ)。
 名作オペラの「品位」や「様式」に遠慮するあまり、中途半端な舞台を創ってしまっては、単なる真似事に終ってしまう。むしろ、今回のようにしっかりしたコンセプトがあるなら、その上に、通常の上演を超える自由な発想で特色を出した、真の「多賀城スタイル」を創った方がいい。その方が、存在感もいっそう増すというものである。

 ホールから多賀城駅を超えて海側にあるキャッスルプラザ多賀城というホテルに宿泊。目の前の交差点の電柱に━━その1メートル70センチよりさらに上に、「津波浸水線」というマークがついているのを見て、改めて慄然とする。見渡した範囲は一応復興してはいるが、5年前の3月を思うと、心が痛む。

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