2017-10

2016・3・20(日)大友直人指揮群馬交響楽団の「トゥーランガリラ」

     すみだトリフォニーホール  3時

 音楽監督・大友直人が指揮する群馬交響楽団の演奏を聴くのは、一昨年の3月23日の高崎以来、2年ぶり。あの時はその東京公演が何かとダブっていて聴けなかったので、わざわざ高崎まで聴きに行ったのだった。

 今回はドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」と、メシアンの「トゥーランガリラ交響曲」というプログラムなので、このトリフォニーホールで聴く方が、私の好みには合う。
 後者での協演は、おなじみの名手、児玉桃(ピアノ)と、原田節(オンド・マルトノ)である。コンサートマスターは伊藤文乃。

 曲目を見た時、もしかしたらこの2曲を切れ目なしに演奏するのかと思ったが━━「牧神」が夢のように溶解して行ったあと、すぐ続いて「トゥーランガリラ」が轟然と幕を切って落とすというのも劇的でいいだろうと思うのだが━━大友さんは多分そういう「演出」は嫌いな人だろうから、「牧神」1曲で休憩を入れるだろうなと予想し直した。
 結果はその通り。10分足らずの曲一つやっただけで休憩というのも、ちょっと落ち着かない。
 だが、フルートのパヴェル・フォルティン(第一奏者)のソロをはじめとする群響の醸し出す音色はすこぶる豊麗で、このオーケストラが高関時代から引続き高い演奏水準を保ち続けていることが直ちに感じ取れたのであった。

 総譜の指定通りの大編成で演奏された「トゥーランガリラ交響曲」は、3階のバルコン席で聴いたが、まさに大友直人ならではの、完璧なほどの均衡を備えた壮麗な音の構築による快演だ。殊更に刺激的ではなく、また殊更に官能的な陶酔に走ることなく、しかし豊かなふくらみのある、オーケストラの内声の動きまで聞き取れる明晰な音色で、メシアンの色彩的な響きを充分に再現して行く。オーケストラを制御する大友の手腕は、相変わらず巧みである。

 そして、彼の指揮で聴くと、この大交響曲も、斬新な「現代音楽」としての役割をすでに終え、フランス音楽史の系列の中にどっしりと落ち着いて位置するに至った20世紀の名曲━━というイメージで私たちの前に立ち現れて来るのだった。
 ホールを揺るがす大音響という点を除いては、スリリングな要素はそれほどない演奏だが、しかし最終楽章の幕切れでの、均整を保ったままクレッシェンドして行った見事な音響美は、やはり熱狂的な拍手を呼ぶにふさわしいものであったろう。

 群響も、今日のような大編成ではエキストラもかなり多いはずながら、しっとりと溶け合ったアンサンブルで、見事な演奏を聴かせてくれた。このオーケストラの東京公演はこれまで何度も聴いているが、失望させられた記憶は無い。

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