2017-10

2016・3・17(木)ムーティ指揮のヴェルディとボイト

      東京芸術劇場コンサートホール  7時

 恒例の「東京・春・音楽祭」が昨日開幕。そのオープニング・プログラムは、巨匠リッカルド・ムーティの指揮である。

 前半はヴェルディの作品からで、「ナブッコ」から序曲と第1幕冒頭の合唱、「アッティラ」からアッティラのアリアとカバレッタ、「マクベス」からの舞曲、「運命の力」序曲、「第1回十字軍のロンバルディア人」から「エルサレムへ、エルサレムへ」。後半にアッリゴ・ボイトの「メフィストーフェレ」から「プロローグ」というプログラムだ。

 合唱は東京オペラシンガーズと東京少年少女合唱団、バスのソロがイルダール・アブドラザコフ。オーケストラは、日本のプロ・オケのメンバーで構成されている「東京春祭特別オーケストラ」と、2004年にムーティが設立したイタリアの若手楽員のみによる「ルイージ・ケルビーニ・ジョヴァニーレ管弦楽団」の合同で、「日伊国交樹立150周年記念オーケストラ」と号している。コンサートマスターは、長原幸太とAdele Vigliettiが、前半と後半を分け合って担当していた。

 今日が2日目のはずなのだが、そうは思えぬほど、最初のうちはオーケストラがガサガサしていて、アインザッツは合わぬ、音色は綺麗でない、など、いかにも臨時編成オーケストラ丸出しの雰囲気ではあったものの、3曲目あたりからは次第にまとまって来て、量感もたっぷりの演奏になって行った。ただ、合唱(かなりの大編成)は、最後までアタマだけがしばしば合わぬという状況だったが。
 しかし、この日のプログラムは、そういうことをうるさく言う必要のない作品ばかりだし、それにあのムーティの鳴らしっぷりの良さを聴けば、その威勢のいい、沸き立つような華麗な演奏に、心も躍るというものである。

 今日は聴いた席が1階の最後列の隅に近い位置で、弦があまり聞こえて来ないわりには、トロンボーンなど金管がガンガン飛んで来て、最初の「ナブッコ」の2曲など耳を劈くばかりの大音響(しかも音が汚い)なので些か閉口した。
 だが、2階席で聴いていた知人何人かに訊いてみると、上階ではこれと全く異なる印象だったそうである。したがって、どうこう即断することは出来ない。

 それにしても、「メフィストーフェレ」の「プロローグ」をナマで聴けたのは、嬉しい。
 この曲、かつて吉田秀和氏がトスカニーニの指揮するこの曲をカーネギーホールで聴き、演奏に「ローマ的な威圧感」を感じた(つまり「ローマ帝国」的ということ)と書いておられたのを読んで、トスカニーニの指揮ならさもありなん、と憧れたこともあった。事実、良い演奏で聴けば、そのように凄まじい迫力だけでなく、マーラーの「千人の交響曲」の最終頂点個所を上回るほどの、本当に壮麗極まる音楽になるのである。

 今回は、合唱団の後方に金管のバンダが計17人もずらりと並ぶ大がかりな管弦楽編成で、メフィストーフェレ役のアブドラザコフが張りのある歌唱を聴かせた。
 上手手前に位置した「小天使たち」の合唱はやや粗く、空中を浮遊して歌う「蜜蜂のような」イメージが全く出て来なかったのは残念だったが、合唱団本体の方は全力をあげた絶唱で、クライマックスではバンダを含む大編成の管弦楽の咆哮の中で、声をいつまでも長く延ばし続けていた。

 すこぶる荒っぽい(何度も言うが1階席最後列での印象)演奏だったが、ただしそれは、表面だけのこと。作品そのものに対するムーティのアプローチは、あくまでも真摯で、正確で、丁寧である。そして、だれよりも熱っぽいムーティの音楽なのである。

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