2017-08

2016・2・20(土)東京芸術劇場コンサートオペラ「サムソンとダリラ」

    東京芸術劇場コンサートホール  3時

 日本語の標準表記は「サムソンとデリラ」らしいが、歌詞では「ダリラ」と歌われているので、それに従う。

 今回は佐藤正浩指揮のザ・オペラ・バンドと武蔵野音大のコーラス、ロザリオ・ラ・スピナ(サムソン)、ミリヤーナ・ニコリッチ(ダリラ)、甲斐栄次郎(大祭司)、妻屋秀和(老ヘブライ人)、ジョン・ハオ(アビメレク)、小笠原一規(伝令)、鈴木俊介&井出壮志朗(ペリシテ人)の出演。

 この歌手陣は極めて高水準で、聴きごたえがあった。
 とりわけ甲斐栄次郎の張りつめた力感のある声は、主役の2人を威嚇する役柄にふさわしく、緊迫度の高い音楽をつくり出していた。まっすぐな声ゆえに、第3幕の儀式場面ではもう少し悪役然とした凄みが欲しいとも感じられたが、しかしこれだけ大司教としての存在感を出してくれれば充分である。
 その主役2人━━ニコリッチは豊麗そのものの声で、またラ・スピナも英雄的な声で、聴かせどころの二重唱「君がみ声にわが心開く」をはじめ、全曲にわたって大いに映えた。

 上演は、舞台装置を使わぬ演奏会形式だが、若干の照明演出が加えられていた。
 演技らしきものは、第1幕の一部を除いてほとんどないけれども、原曲の場面設定に応じて、歌手はオケの前方や後方を移動し、時にはバルコン席やオルガン席にも移動して歌い、劇的雰囲気を出すという趣向が施されていた。

 とりわけラストシーンで、サムソンがオルガン席中央に立ち、それまで稲妻の描写以外には全く控えめだった照明演出が突如前面に躍り出て、輝くオルガン=大聖堂が凄まじい勢いで崩壊するような映像をつくり出したのは、すこぶる効果的であった。
 プロジェクション・マッピングが活用され始めた時代、こういう映像演出はこれから増えるだろう。なまじ中途半端な舞台演出より、この種の映像でイメージを縦横に拡大してくれた方が、オペラの音楽を純粋に楽しむことができるというものである。

 佐藤正浩は、これまでいくつか聴いた彼の指揮するオペラに置けると同様、全くケレンのない指揮で率直に押す人だが、それがむしろ作品の音楽が持つ本来のエネルギーを率直に発揮させるもとになっているようである。
 今日も、ひた押しに押す音楽づくりが優れた効果を上げていた。私がこれまで聴いた「サムソンとダリラ」の指揮の中で、ロイヤル・オペラやMETの上演で振った指揮者よりも、よほど作品本来のドラマティックな要素を生かしていた指揮と言えたのではないかと思う(ただし、カーテンコールでの挙止の要領はすこぶる悪く、もう少し段取りを上手くしてもらわないと、歌手に失礼なことにもなる。これは演奏本番にも劣らぬ重要なことである)。
 彼に率いられたオーケストラも、舞台奥に配置されたコーラスも、なかなか優秀であった。

 唯一問題なのが、ホールのアコースティックだ。ステージに空間が多いせいか、ふだんよりもはるかに「風呂場的音響」になる。ドライすぎるのはもちろん困るが、あまりにワンワンした音になり過ぎて、オケと歌が混然とし、細部の明晰さを失わせてしまうのも困る。
 歌手はステージ前方で歌っている時はともかく、オケの後方に回った場合には、歌詞もさっぱり判らないし、旋律線もぼけてしまう。なお、私の聴いた席は、2階正面最前列の席である。
 折角のいい演奏のオペラも、これでは魅力半減である。━━これは今に始まったことではなく、このホールでのオペラ上演ではいつも気になること。なんとか解決に向けて検討を願いたいものだが・・・・。

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