2017-04

2016・2・17(水)東京二期会 ヴェルディ:「イル・トロヴァトーレ」

      東京文化会館大ホール  6時30分

 東京二期会がこの作品を手がけるのは、1994年以来という。
 今回は、アンドレア・バッティストーニの指揮、ロレンツォ・マリアーニの演出。今日は初日のキャストで、エクトール・サンドバル(吟遊詩人マンリーコ)、並河寿美(女官レオノーラ)、上江隼人(ルーナ伯爵)、清水華澄(ジプシーの老女アズチェーナ)、伊藤純(伯爵の腹心フェルランド)、高岡明子(レオノーラの侍女イネス)、今尾滋(マンリーコの部下ルイス)他の人々。

20160201-2
並河寿美
 
20160201-1
サンドバル(左)清水華澄(右)
       
 東京二期会は1シーズンに、「現代的な」スタイルの演出と、このような「伝統的な」スタイルの演出のものとを組み合わせつつ、数本を制作して行く方針を採っているが、今回のはパルマ王立歌劇場とヴェネツィア・フェニーチェ劇場によるプロダクションで、台本に忠実な、ごくオーソドックスなスタイルの演出だ。演技も、特に斬新な解釈はないものの、概して丁寧につくられており、視覚的にも無駄がない。

 舞台は全体に非常に暗い色調である。そのため、物語の「ミステリアスな」要素(演出家のコメント、プログラム掲載)は、よく表出されていただろう。
 また、演出家マリアーニは、登場人物の性格が程度こそ違え「非現実的」であり、リアルな物語として考える必要がないことを示すために、舞台を大きな「古いタペストリー」で包み込むことにした、という意味のことを述べている。それはたしかに一法だ。が、左右に移動するその巨大な「タペストリー」は、時に単なる「幕」の役割を果たしているだけのもののようにも見えてしまい、その意味が解りやすいとは言い難い。

 舞台美術(ウィリアム・オルランディ)と照明(クリスチャン・ピノー)も極めてシンプルなもので、それなりの雰囲気はある。ただ、この装置は━━パルマ王立劇場から高額な借用料を払って借りるほどのものでもないように思えるのだが如何。

 音楽的に最も注目されたのはバッティストーニの指揮だ。彼への拍手も一段と高い。上半身が見えるピットでの彼の指揮は、文字通り獅子奮迅である。だがそれにしては、今回ピットに入った東京都交響楽団の演奏は、比較的冷静で硬質なもので、音楽があまり燃え上がらない。
 最強音と最弱音の対比は非常に激しく、それ自体はたしかに鋭い劇的効果は生むが、ピアニッシモの個所に膨らみや余韻が不足しているため、その個所に来ると緊迫感が薄らいでしまうということが起こる。

 同じことは、合唱にも言えるだろう。今日の二期会合唱団は、何かいつもと違い、アンサンブルにも締まりがなく、歌を抑え過ぎて、迫力を欠いた感があった。「アンヴィル・コーラス」など最たるもので、特に最後に歌いながら退場する個所でのコーラスの乱れは、この合唱団とは思えぬものがあった。

 それにしてもバッティストーニの指揮、本来はもっと熱っぽい音楽づくりが身上のはずで、その方が面白い人なのだが・・・・。

 歌手陣では、男声陣よりも女声陣の方が圧倒的にパワーを出した。
 並河寿美は豊麗な声で、清水華澄は鮮烈な激しい歌唱でそれぞれの役柄を際立たせ、2人とも成功を収めていたと思う。なお出番は短いが、イネス役の富岡明子の清純な声もいい。
 これに対し、男声主役2人は、声がオケにマスクされがちだったし、歌唱・演技ともに、これらの役柄にはもう少し「あざとい」存在感が欲しいところであった。むしろフェルランド役の伊藤純の方が、脇役なりの存在感を出していただろう。
 休憩約25分を挟み、9時10分終演。

※写真提供:東京二期会  撮影:三枝近志

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