2017-05

2016・2・13(土)パーヴォ・ヤルヴィ指揮NHK交響楽団

    NHKホール  3時

 ジャニーヌ・ヤンセンをソリストに迎えたブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」に加うるに、ニールセンの「交響曲第5番」━━楽しみにしていたプログラムだ。

 私の好みからすると、このデッドな音響のホールでブラームスを聴くのは些か辛いものがあるけれども、それでも極めて手応えのある演奏に感じられたのは、パーヴォよりもN響よりも、ひとえにジャニーヌ・ヤンセンのおかげのような気がする。

 この人、近年ますます音楽の風格が大きくなって来たのではないか。最近出たデッカのCD(UCCD1424)で聴いたブラームスは、何か音色の華麗さが目立つ演奏という傾向があったのだが、今日ナマで聴いた彼女のブラームスは、全くそれとは違う。もっとずっと骨太で、力強い推進性をもった演奏であった。そして、表面的な表情の変化などよりも、内面的な感情の陰翳の豊かさを感じさせる演奏でもあったのである。これなら━━納得が行く。

 一方、ニールセンの「5番」は、まさにパーヴォの本領ここにあり、という指揮だったろう。それは、この作曲家の異常なほどの感情の振幅の大きさを、鋭利な音づくりの手法で、限界まで追求するかのような演奏だった。第1楽章における小太鼓とティンパニの、近づいては遠ざかるその強弱の対比の鮮烈さ。あるいは、第2楽章における峻烈で苛立たしい音群の痙攣━━。
 このあたりは、彼がフランクフルト放送響を指揮した全集のCD(RCA SICC30287~9)で聴く演奏よりも、はるかにリアルで、面白い。

 N響(コンサートマスターは伊藤亮太郎)も、そのパワーを発揮していた。パーヴォとN響の演奏としては、昨年のマーラーやR・シュトラウスよりも、今回のこの演奏の方がずっと鮮やかではなかったかと思う。
 ただ、これは今に始まったことではないけれども、N響は確かに上手い見事な演奏をするが、やはりどこか冷めたところを感じさせてしまう傾向がある。今日のこのパーヴォが振る「5番」など、もしこれが東響なり読響なり都響だったら、あるいは新日本フィルであっても、もっと憑かれたような物凄い熱演を聴かせるのではなかろうか?

コメント

凄かった!これまでのパーヴォ/N響、就任前のマーラー、リヒャルト・・・更には10年以上前、頻繁に客演を繰り返していた頃のシベリウス、シューマン等の名演をも遥かに凌ぐ驚異的大演奏と絶賛したいです。やはりN響は勝れたリーダー(シェフ)に率いられてこそ本領を発揮するオーケストラだと思います。 N響は昔から保守的でクールといったイメージで見られることが多いようですが、少なくともこの日に関しては、私はそのようには感じませんでした(1列目で聴いた印象。P席ではなく、その後ろの本来の1列目)。と言うよりN響がこれ程全身で熱演するのも珍しいのではないかと思いました。前半のブラームスのヴァイオリン協奏曲、冒頭のオーケストラだけの前奏を聴いただけでもこの日のコンサートが物凄いモノになることを予感させるものでした。ヤンセンも良かった!私もこれ迄のヤンセンとは違って聞こえました。まさしく“大人の風格”が漂い彼女の音楽が更なる高みに昇りつつあることがわかります。 そしてニールセン!!パーヴォは、この曲を北欧のベートーヴェンといった感じの偉大な大交響曲として仕上げていました。35分程の曲なのに50分以上の大曲を聴いたかのような壮大な充実感に満たされました。(些か蛇足ですが)因みに私、この曲の特に第1楽章を聴くときは、この曲に本来籠められた意味は無視し勝手に海辺の風景をイメージして聴いてしまいます。冒頭は誰もいない干潟に一人佇むような寂しげな雰囲気、やがて現れる吊しシンバルのトレモロを伴った騒めきは海鳥が一斉にはばたく様子を思わせる。スネアとティンパニの強弱も寄せては返す波のよう・・・こういったロマンチックな面も押さえられていた演奏で、すこぶる感動的でした。この先も、もっともっと凄い演奏が聴けるであろうパーヴォ/N響のコンビから目(耳)が離せない!

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/2363-3ce0e043
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

カテゴリー

全記事表示

全ての記事を表示する

RSSフィード

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」