2017-11

2016・1・26(火)アラン・ギルバート指揮東京都交響楽団

     サントリーホール  7時

 アラン・ギルバート━━音楽監督を務めるニューヨーク・フィルや、客演の北ドイツ放送響などとの演奏会をいろいろ聴いて、どれも地味で色合いに乏しく、面白いとは思えなかった人だが、それが前回東京都響に客演した際(2011年7月17日)には、まるで別人かと思えるような素晴らしい、重厚壮麗なブラームス(第1交響曲他)を聴かせてくれた。
 みんなもそれを覚えているのだろう、今夜も彼は熱狂的な拍手と歓声に包まれた。これだけ日本で温かく迎えられれば、日系人たる彼も嬉しいのではないか。

 今日は、武満徹の「トィル・バイ・トワイライト」、シベリウスの交響詩「エン・サガ」、ギルバート自身の編纂によるワーグナーの「ニーベルングの指環」抜粋というプログラムである。

 武満作品は、非常にメリハリの強い鋭角的なアプローチで、明るく華麗なサウンドにもなっていた。外国人指揮者がタケミツを演奏すると、だいたいこのようなスタイルになることが多い。が、それはそれで興味深いだろう。武満の作品といえども、真摯な解釈であればどんなスタイルにも応じられるだけの幅広さと強さを持っているはずだから。

 「エン・サガ」も、今日は非常に生々しく、荒々しい音づくりの演奏だった。森と湖と霧の中を彷徨うような「伝説曲」ではなく、すこぶる激烈で闘争的な音詩という表現である。前半で、ある段落ごとに音の流れを断ち切るというやり方が採られたことには、ちょっと疑問を抱かされたが・・・・。

 ギルバート自身が編纂したという「指環」抜粋は、55分程度の長さにまとめられた、切れ目なく演奏される構成である。
 大きく分けて8つの個所が抜粋され、繋ぎ合わされている━━「ヴァルキューレの騎行」、「ヴァルキューレの逃走~ヴォータンとブリュンヒルデの対話の場への転換」、「ヴォータンの告別と魔の炎の音楽」、「炎を踏み越えるジークフリート~岩山の頂上場面への転換」、「夜明けとジークフリートのラインへの旅」、「ハーゲンの見張り~ブリュンヒルデの岩山場面への転換」、「ジークフリートの葬送行進曲」、「ブリュンヒルデの自己犠牲と終曲」という具合だ(プログラム表示ページでは、2番目のものが抜けていた)。

 このうち、2、3の部分では、中間を省略して先へ飛んだり、反復したりするなどの手が加えられている。デ・フリーハー版やマゼール版など、いくつかの編纂版に比べると、接続の手法に多少要領が悪く、バランスを欠くところもあるけれども━━まあそれはそれとして。

 「葬送行進曲」では、クライマックス個所でのテンポが速めだったので、威勢はよいが、悲壮美には不足しただろう。それにしても彼は、こういう要所に来ると、オーケストラを実に巨大な音量でたっぷり鳴らす。やはり「奔馬」ニューヨーク・フィル相手に仕事をしている人だなと、微笑ましい。
 ただ、今日の演奏は、低音域の響きが薄く、音が少し軽い。それに都響(コンサートマスターは四方恭子)が、常に似合わず、急いでいるような慌ただしい演奏で、アンサンブルにも精緻さを欠いていたのが気になる。

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