2017-06

2016・1・22(金)トーマス・ダウスゴー指揮新日本フィル

     すみだトリフォニーホール  7時15分

 デンマークの指揮者トーマス・ダウスゴーが4年ぶり客演、シベリウスの「4つの伝説曲(レンミンカイネン組曲)」と、母国の作曲家ニールセンの「交響曲第5番」を指揮した。今月、私がこの上なく楽しみにしていたプログラムである。

 ダウスゴーのことだから、きっと鮮烈な演奏になるだろうと思っていたが、その予測どおり、デュナーミクが鋭く強烈で、かつ起伏が大きいので、この2曲は極めて劇的な力感に富むものとなった。
 彼の指揮は、CDで聴くと、時に味も素っ気もない冷徹な表情に感じられることがあるのだが、ナマで聴く彼の指揮は、非常に生き生きしていて、多彩である。

 何より、ひた押しに押す力感が物凄い。シベリウスの第1曲「レンミンカイネンとサーリの乙女たち」でクライマックスに押して行く緊迫感もさることながら、「トゥオネラのレンミンカイネン」でうねりながらクレッシェンドして行くあたりは、これまで他の演奏では滅多に聞いたことのないほどの魔性的な力を感じさせていた。

 ニールセンの「第5交響曲」も、このくらい鋭角的なリズムと、強弱の幅の大きい演奏で聞かされれば、私はほぼ満足である。
 特に第1楽章、あの小太鼓の行進曲的リズムに煽られる音楽の揺れ━━遠ざかるかと思えばまた目の前に近づいて来るようなクレッシェンドとデクレッシェンドは、よほど起伏の大きな演奏でないとその不気味さは巧く再現できないのであり、かつてホーレンシュタインが指揮した古いレコード以外ではなかなか聞けないのが実情だ。

 もちろん、ナマでそんな凄い演奏を聞けるのも稀なのだが、そういう点では、今日の演奏は、かなり楽しめるものだったのである。欲を言えば、強奏個所の小太鼓に、もう少し微細なニュアンスが欲しかったが・・・・。しかし、第1楽章の終結の最弱音は、見事なものだった。

 新日本フィル(コンサートマスターは崔文洙)は、アンサンブルがあまり密でないのが残念だったけれども、北欧の2作品をこのように暗く揺れ動く響きで再現してくれたということで、好しとしましょう。「レンミンカイネンの帰郷」の最後では打楽器のだれかが勢い余って・・・・というところもあったが、これはご愛敬。

 なお、「レンミンカイネンとサーリの乙女たち」が次第に佳境に入り、神秘的な弱音で緊迫感を高めていたさなかに、演奏をも打ち消さんばかりの音量で、無分別で無作法極まる巨大な咳(咳払い)を、一度ならずも二度三度した男がいた。これのせいで、同曲のみならず、森明子がイングリッシュホルンを美しく吹いた第2曲「トゥオネラの白鳥」まで、何か落ち着かぬ気持で聞かなくてはならなくなったのが口惜しい(つまり、いつまたあの狂気じみた咳をされるかという不安)。これは、あのチューニングが始まっている時に客席最前列へ悠々と入って来る非常識な御仁をも凌ぐ、悪質な所業といえるだろう。

コメント

その御仁

その御仁、2日目もチューニング中に入場してきましたが、なんと第1曲終了後に席を立ち、ホールから出て行きました。最近平気で演奏中に席を立つ方が多いのですが、もっとアーティストに敬意を払わないといけませんね。ちなみ、この日は第2曲の終了後に拍手をした輩がいましたが、明らかに故意でした。森さんのコールアングレの演奏を称えるものだとしても、音楽全体に集中している聴衆にとっては非礼としか言いようがありません。

コンサート日記、楽しく拝見しています。
私は2日目に聴きに行きましたが、
第1曲の開始早々、私のすぐ後ろの席(1階28列)からイビキが聞こえ始め、
前半通してその調子で、それが第2曲のソロ演奏時にも延々と続いた時には、
「勘弁してくれ!!」と頭を抱えてしまいました。
演奏には満足していただけに、このようなアクシンデントがあると、
演奏会自体の印象にも影響を与えてしまうので、残念でなりません……

シベリウスとニールセン!私にとっても夢のような組み合わせです。ダウスゴーは初めて聴きましたが、まさに大当たり!情熱的な表現なのに暑苦しさは皆無で清々しいくらいだし、どんな最弱音にも生気が漲り、両曲共に北欧の雄大な自然が次々と目の前に広がるようでした。「レンミンカイネン」のラストはすこぶる感動的で涙が出そうになりました。前半でこんなに熱演して後半は大丈夫か?と心配になりましたが、オーケストラも全くダレることなく(微々たる傷はありましたが)演奏しきってくれていましたね。心から称賛したいです。ニールセン第1楽章は陶酔しました。 もう一方のプログラム、1/27 モーツァルト「ハフナー」syn & マラ5も聴きたくなりましたが、生憎その日は仕事でいけません。マラ5の演奏時間が80分と記載されているし残念ではありますが。 ダウスゴーとは今回が2012年以来の共演とのことですが相性はすこぶる良さそう。新日本フィルは彼に何かポストを与えて短い周期で定期的に客演に招いてはどうでしょうか?願わくばニールセン全交響曲の演奏を!  [咳(咳払い)について] それは、まるで地獄からの亡者の呻き声のように薄気味悪く、不快な音(声)でした。奏者が驚いて演奏に何らかの支障が出ても仕方なく思える程の醜さでしたが、さすがにこの日は皆さん集中していました。私は、この者(物か?)にも井上/東フィル 「レニングラード」のページで使った“低俗”という言葉を捧げたいと思います。確かに“御仁”の方が演奏中オトナシク座ってるだけ“亡者”よりマシかもしれないですね(隣に座ったら鼻息が凄かったりして・・・)。因みに“御仁”、ムーティ/シカゴSO 初日でもチューニングが終わったタイミングで文化会館の、あの長い1階通路を上から最前列まで下っていきオケに尻を向けたまま中々着席せず、隣の和服女性(ベルリン・ドイツ響の時と同じ方?)に促されていました。開演が遅れたのは間違いないです。 “咳”ついでにもう一つだけ・・・。ムーティ/シカゴSO  2日目では後半のチャイ4、第1楽章提示部に入る直前の静かな箇所で上手側の客が派手に「ヘックション!」!。指揮台上のムーティは身体をビクッとさせてその客の方に振り返った!!(この人、イタリア人にしては(失礼)非常に真面目で神経質なのだ)・・・恐るべき大バカ・・・。演奏が止まるんじゃないかとこっちまでビビってしまったぜ。“亡者”といい、この男といい、恐らくその無神経さから推測するに、場の空気を一瞬で凍りつかせたことなど全く知らんぷりで平然としていたのだろう。読んでるわけないが一応念のため言っておきます・・・私が隣だったら黙っていませんから・・・・。

追記

例の“御仁”について、1つ前のコメントで「演奏中オトナシク座ってるだけ“亡者”よりマシ・・・云々」と書いてしまいましたが、先日のパーヴォ/N響 サントリーホール定期で見かけたところ、演奏中頻りに頭を前後に動かしているんですね。寝ているのかノッているのか知りませんが、何れにせよ迷惑行為であることに違いないので前言を撤回させて下さいませ。因みに“御仁”、この日は3列目に座っていました。NHKホール定期でもそうでしたが最前列に座らない時はきちんとオケの登場前に着席してるんですよね。これで“実は最前列のチケットを持っていない”説も信憑性が出てきた。N響では、とにかく最前列には座らせないということで手を打っているのかもしれませんね。素晴らしいことです。他も見習うべきだ。 ついでにもう一つ、NHKホール定期では休憩時、トイレ待ちの列に次々と背中のデカリュックをブチ当てながら(私は寸でで身を躱した)進んだ上に個室に入り“トイレットペーパーかっぱらい”をやっていましたよ。

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

http://concertdiary.blog118.fc2.com/tb.php/2353-bb371488
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

«  | HOME |  »

Since
September 13, 2007

これまでの来訪者数

最近の記事

カテゴリー

全記事表示

全ての記事を表示する

RSSフィード

ブログ内検索

プロフィール

リンク

News   

雑誌 モーストリー・クラシック に連載中
「東条碩夫の音楽巡礼記」