2017-11

2016・1・17(日)井上道義指揮東京フィルハーモニー交響楽団

     オーチャードホール  3時

 前半にハチャトゥリヤンの「ガイーヌ」から「ばらの乙女たちの踊り」「子守歌」「山岳民族の踊り」「レスギンカ」の4曲が演奏されたが━━これはどうも前座のオハヤシといった感じで、ただもうガンガン鳴りっぱなしの、わけの解らない演奏と相成り、呆気にとられて聞いていた。

 だが、さすがに後半、真打のショスタコーヴィチの「交響曲第7番《レニングラード》」となると、音から何からガラリと変わり、特に弦楽器群には透徹した明晰さが現われて、演奏も厳しくシリアスな表情となる。これこそが、井上が全身全霊をこめるショスタコーヴィチの交響曲の世界である。
 全曲大詰の頂点でも完璧な均衡を備えたテュッティが見事、鮮やかな昂揚がつくり出されていた。中間2楽章での透明な叙情感も、かつて彼が日比谷公会堂で行なった全曲ツィクルスでの演奏をはるかに凌ぐものだったように思われた。
 好演のオーケストラの、今回のコンサートマスターは「客演」の荒井英治、懐かしい光景である。

 ただし欲を言えば、第1楽章のあの「戦争の主題」での楽器群の受け渡しの個所が何となくスムースでなく、小太鼓のリズムも何か少し遅れ気味になることが多いように感じられ、「繰り返しの魔性」に不足する演奏に思えた、ということ。

 それにしても、1階席中央あたり、周囲で居眠りしている人の多かったこと! 私の左隣あたりからは猛烈な寝息がずっと聞こえていて閉口した。うっかり目を閉じて聴いていたりすると、発生源と間違えられるかもしれないと思い、警戒する。演奏後、客席から出ようとしているご婦人が「あたし、3分の1は寝てたわ」と連れに話していたのには驚いた。
 しかし知人に訊くと、熱心なマニアの多い1階席後方あたりの席では、当然ながらみんな物凄い緊張のうちに、音楽に集中していたそうである。

 終演後に楽屋で会った井上さんがいきなり「この曲、いい曲だよね」と叫んで来たので、「いいけど、長いよね」と返したら、「うん、ロシアは夜が長いからさ」と、解ったような解らないような御説を・・・・。

コメント

レニングラード

井上/大フィル定期11/27日でこの曲聞きました。日比谷のチクルスでも聞いたがその時よりも数段良かったと思います.
オケ(サンクトペテルブルグ響)は別として。
井上/大フィルとしても朝比奈時代を髣髴するようなスイッチがはいりましたよ。この曲彼の他の交響曲に比べて劣るかと思っていたが今回の演奏でやっと真価が分りました。なまは京響/バルシャイ.キタエンコで聞いていたのだが。3楽章の主題は教育テレビ.20年前に「アンナ、アフマートヴァ」の番組に使われていたこと改めて知りました。片山杜秀氏の解説がいい、(長いけれど参考になる)

素晴らしかった!私も日比谷公会堂での同曲の演奏を聴いておりますが、今回は大病を克服された後だけあって一層の深みが加わり、特に緩叙楽章は身体の芯まで痛切に響きました。それだけに緊張感の欠片も無いだらけきった何人かの(何十人か?)聴衆がいたことは非常に残念です。ご指摘のあった通り私もその“掃き溜め”(不適切な表現かもしれませんが敢えて書きます)の真っ只中におりました。私の隣も御就寝(?・・・笑)でした。確かに演奏中、落ち着きなくガサガサ動かれるよりはオトナシク寝ていてもらった方が有り難いですが、一人でもこうゆうのが居ると周りの緊張感、集中力も損なわれてしまいます。おまけに堂々と「寝ていたわ」などと周囲に聞こえる声で公言する者まで居たとは・・・その無神経さ、低俗さには心底、怒りを覚え、呆れます。 1階席後方は緊張感があるのですね?私もその中に混じりたいですが、後方の席は音量的に物足りなさを感じてしまうのでどうしても中央付近の席を選んでしまいます。 妥協しないかぎり、私はこの先も“掃き溜め”に身を挺し続けねばならないのでしょうか?

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