2017-03

2015・12・5(土)黛敏郎:オペラ「金閣寺」

   神奈川県民ホール  3時

 1976年にベルリン・ドイツオペラで初演された黛敏郎のオペラ「金閣寺」(三島由紀夫原作、クラウス・H・ヘンネベルク台本)の、待望の新演出上演。

 田尾下哲が非常にきめ細かい演出を施し、幹子・S・マックアダムスの舞台装置と沢田祐二の照明が日本の美を巧みに反映させ、半ば写実的な、半ば象徴的な見事な舞台をつくり上げた。巨大で立派な金閣寺の建物は舞台奥にどっしりと聳え立っているが、さりとて舞台全体がリアルになっているわけではなく、物語の進行と舞台転換には幻想味も漂い、美しい。

 原台本にある「尺八の場面」をカットし、「京都の祇園の場面」を復活させた━━と田尾下はプログラム冊子の対談で語っているが、これは正当な手法であったと思う。
 また主人公の溝口━━ほとんど出ずっぱりで歌い演じる小森輝彦が大熱演だった━━が、単なるマニアックな男でなく、知的で悩める青年という設定で描かれていたことも、三島の原作のイメージを損なわない、当を得た演出と言えたであろう。

 大詰めのクライマックスシーン━━金閣寺炎上の場面は、極めて効果を上げていた。さすがに今日の演出では、照明により建物をただ赤く染めるなどというチャチな手でなく、寺の内部から燃え上がって行くさまを照明で精妙に描くという手法が採られる。
 それにしても、日本のオペラで、これだけ最後に見せ場をつくるストーリーになっているものは、稀な存在だろう。これだって、オペラとしては、重要な要素なのである。

 共演の歌手陣は、黒田博(父)、飯田みち代(母)、三戸大久(道詮和尚)、与那城敬(鶴川)、鈴木准(柏木)、谷口睦美(娼婦)、嘉目真木子(有為子)、吉原圭子(女)、高田正人(若い男)ほか。
 下野竜也が神奈川フィルを指揮、黛の重厚で暗い色合いの音楽を強靭なデュナミークで再現し、この作曲家の音楽の魅力に光を当てた。
 合唱(東京オペラシンガーズ)は、コロスの役割を果たす個所も多いが、それらはほんの一部を除き、陰コーラスとして扱われる。ただ、それはいいとしても、その陰コーラスを増幅して流すPAがあまりに音質が悪く、音楽を損なうほどだったのは、今日の上演における唯一最大の瑕疵といえよう。もっとも、日本に限らず、どこの歌劇場でも陰コーラスのPAの音が良かったためしはないのだが・・・・。

 30分程度の休憩1回を挟み、終演は5時40分頃。

コメント

東条先生、いつもコンサート評を楽しみに拝読しております。
私は、6日の方の公演を観ました。

PAの音には同じく辟易しましたが、それ以外は大変に見事な上演であったかと思います。
とりわけ、主役の宮本益光の演技と歌唱(思わず「演技」を先に書いてしまうほどの熱演)、三島の「金閣寺」が感じられる田尾下晢の演出(三島ファンを自認するだけある)が立派でありました。

そして、今回の公演には「熱さ」が感じられたように思います。
年間に何本もオペラも観ますが、近年で最も熱を感じさせる舞台であるように思ったのは、気のせいでしょうか?

はじめまして。同じ公演を聴いた者です。
職業音楽家の知人によれば、この日の公演は音楽関係者が多数来場し、大変注目を集めていたとのこと。
しかし、東条先生もコメントを寄せておられる朝日新聞12月21日夕刊の記事↓では、2015年のオペラを回顧するという内容だったにもかかわらず、この「金閣寺」公演について一字たりとも言及がありませんでした。
https://twitter.com/asapykadan/status/679495038527647744
九州交響楽団のシュニトケ「Nagasaki」は取り上げているのに。

東条先生はじめ音楽の専門家としては、この「金閣寺」公演は「Nagasaki」以下で言及する価値もなかったということでしょうか?

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