2017-05

2015・12・2(水)ワレリー・ゲルギエフ指揮ミュンヘン・フィル

     サントリーホール  7時

 プロコフィエフの「ロメオとジュリエット」から数曲、R・シュトラウスの「ドン・ファン」、ブルックナーの「交響曲第4番《ロマンティック》」。長大なプログラムとなった。今日が日本公演最終日となる。

 ゲルギエフと、ドイツのオーケストラ、ミュンヘン・フィルとの相性は如何なものなりや、というのが興味の的だ。
 もちろん悪くはないものの、まだ掴みかねるところが多々ある。

 ゲルギエフは、マリインスキー管を相手の時には━━昔はパレフのようにロシア的な濃厚な色彩感で、今はインターナショナルな洗練された音で、完璧に統率する。ウィーン・フィル相手の時には、このオケの不屈の個性とのせめぎ合いがスリリングな応酬を生んだ。一方、ロンドン響との演奏は、その無色の個性との組み合わせが曖昧な結果しか生まなかったのではないか?
 ミュンヘン・フィルは、ドイツのオケの個性をはっきり持っている楽団なので、ゲルギエフにとっては手強い相手だろう。

 今日はドイツ・ロマン派の作品が中心だったので、どちらかと言えばオケの色合いの方が強く出ていたと言えるかもしれぬ。プロコフィエフの作品の演奏も、このオケの重厚な響きに呑み込まれたか。つまり今日のゲルギエフは、ミュンヘン・フィルの個性を触発させたに留まっていたような印象なのだ。

 そういう点で、この両者が今後どういう音楽をつくり出して行くのか、今日の演奏を聴いた限りでは即断しかねる、というわけである。来週もミュンヘンで、彼らの演奏するショスタコーヴィチの「15番」を聴く予定だから、そこで何か新しい手掛かりがつかめるかもしれないとも思う。

 「4番」は、いわゆるコラール的な要素に重点を置いた普通のブルックナー・スタイルの演奏とはちょっと違い、弦楽器群をも前面に押し出し、弦と金管が一体となったロマン派的(?)な、シンフォニックなアプローチを試みていた。第4楽章の途中から弦楽器群にそれまでの少しガサガサした響きが消え、突然しっとりした音色が浮かび上がってきたのは、不思議であった。
      別稿 音楽の友2月号 演奏会評

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