2017-05

2015・11・28(土)オスモ・ヴァンスカ指揮読売日響のシベリウス(2)

      東京芸術劇場 コンサートホール  2時

 シベリウス漬けの毎日である。

 しかも、「カレリア」組曲を別とすれば、「ヴァイオリン協奏曲」と「交響曲第1番」とは、つい昨日と一昨日に聴いた曲ばかりだ。食傷気味にはならぬと言えばウソになる。が、その反面、シベリウスならいいか、と思うのが愛好者のおかしなところである。
 しかし、このヴァンスカと読響の演奏は、ラハティ響のそれとはある意味で全く異なったスタイルであるがゆえに、逆にそれぞれが新鮮に感じられるということもある。

 ヴァンスカは、今日も獅子奮迅の指揮ぶりで、金管群を咆哮させ、ティンパニを怒号させ、最弱音と最強音の差を極度に大きく設定して、鋭く攻撃的なアプローチをかける。

 特に「第1交響曲」では激烈さが目立ち、若きシベリウスの凄まじい気魄を想像させる豪壮強烈な演奏となった。第3楽章から第4楽章にかけての、速いテンポによる猛烈なたたみかけの演奏も凄まじい。だが、それあるがゆえに、第4楽章最後の第2主題のテンポをぐっと落した昂揚が生きて来るわけだろう。ここを、センチメンタルな雰囲気を切り落とし、気品高く、壮大に朗々と演奏するところ、ヴァンスカの持って行き方は巧いな、とつくづく感心させられる。読響(コンサートマスター小森谷巧)の力感も、最大限に生きるだろう。
 これもまた、新鮮なアプローチであった。

 「ヴァイオリン協奏曲」のソリストは、今日はアメリカ生まれのフィンランド育ち、エリナ・ヴァハラという、すらりとした美女。白色の光を当てたような、洗練された清楚で明晰な演奏をする人だ。
 これがふだん聴き慣れているスタイルの演奏だな、と思いつつも、なにしろ昨夜、良い意味での民族的で土俗的(?)なスタイルの演奏を聴いたばかりなので、かえって新鮮に感じられるのである。アンコールで弾いたバッハの「サラバンド」も、清楚そのもの、しかし非常に手応えのしっかりした快演であった。

 「カレリア」組曲も、どちらかと言えば荒々しい演奏だ。ヴァンスカは、1曲目の「インテルメッツォ」ティンパニのパートに大きな起伏を持たせ、現行版スコアに指定のないクレッシェンドやフォルティシモを細かく導入している。
 これに限らず彼は、たとえば第2ヴァイオリンのパートをぐっと強調して思わぬ起伏をつくり出すというように、細かい設計を随所で行なっている。つまり、荒々しい演奏でも、それが決して雑なものでなく、綿密に構築されたものであることが判るのである。
 ただそれでも彼は、昔よりも金管や打楽器を強奏させる傾向がある。その結果、音色が混濁してしまうことも 時には━━。

 かつて指揮していたラハティ響が東京でシベリウス・ツィクルスを展開しているのと同じ時期に、ヴァンスカ自身は読響を指揮して同じくシベリウスのツィクルスをやっているのだから、面白いといえば面白いが、双方とも自国の誇る作曲家の名作を掲げているというのは、何とも羨ましい話ではある。
 なお読響のO氏から聞くところによると、今日は演奏会のないラハティ響のメンバーが、カムとともに聴きに来ていて、明日はヴァンスカがラハティ響を聴きに行くとか言っている由。

コメント

この日は仕事の為、感想は前日のサントリーホール公演について。ソリストのヴァハラはラハティ響でのイーヴォネンとは全く正反対のタイプだったようで、まさしく湖畔に佇む乙女といった印象の可憐な演奏でした。ヴァンスカ指揮のオーケストラの冬の嵐を思わせる轟音との落差が凄まじかったですね。情熱的で起伏の激しい1番Syn(シベリウスの交響曲では今はこの曲が一番好き)・・・ヴァンスカ、明らかに昔とは芸風が変わってきたようですね。読響も大熱演でした。(カレリアでもそうだが)ホルンの4重奏はもう少し精度の高い合奏を望みたいところですが、それ以外は全く文句無し。ラハティ響を諦めて来た甲斐はありました。全曲を通じて首席ティンパニストの妙技が光っていました。

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