2017-08

2015・11・20(金)新国立劇場 プッチーニ:「トスカ」

      新国立劇場オペラパレス  2時

 今年8月に逝去した名演出家アントネッロ・マダウ=ディアツによるプロダクション。2000年9月21日にプレミエされて以降、02年、03年、09年、12年に上演されて来た。今回が6度目のレパートリー上演になる。
 川口直次によるトラディショナルで写実的な豪華な舞台美術、ピエール・ルチアーノ・カヴァッロッティのこれも写実的な衣装など、見栄えのする舞台だ。新国立劇場としては、大切な定番であろう。

 今回のキャストは、マリア・ホセ・シーリ(歌姫トスカ)、ホルヘ・デ・レオン(画家カヴァラドッシ)、ロベルト・フロンターリ(悪辣な警視総監スカルピア)を軸に、大沼徹(アンジェロッティ)、松浦健(スポレッタ)、大塚博章(シャルローネ)、志村文彦(堂守)、秋本健(看守)、前川依子(羊飼)。エイヴィン・グルベルグ・イェンセン指揮の東京フィル、新国立劇場合唱団とTOKYO FM少年合唱団。

主役の男声2人は、歌唱・演技ともに見事な出来を示していた。フロンターリは第1幕大詰の「テ・デウム」でも大合唱に負けぬ迫力を聞かせていたし、デ・レオンも声に力がある。

 しかし、トスカ役のシーリは、歌唱、演技ともに硬質で、特に演技力が要求されるこの題名役としては、まだまだこれからという段階であろう。
 演技に関しても、たとえ原演出家はいなくても、自分で工夫して精妙さを加えることくらいできるはずだと思うのだが・・・・。
 たとえば第3幕で、拷問のせいで血みどろになっている恋人の顔を痛ましげにハンカチで拭ってやるくらいの演技を考えつかないものだろうか? 血だらけの恋人を前に、スカルピアの赦免通行証を持って明るい顔をしているトスカは、よほど脳天気に見えてしまう。スカルピアを殺そうと心を決めるあたりのナイフを手にするくだりの演技など、もう少し自分でいろいろ考えてやってほしいものだ。見ていて歯がゆい思いに駆られた次第である。

 フロンターリは、さすがに見せ場の第2幕で凄味を利かせていた。薄切りのハムか何かを口に入れながら、右手のナイフをくるくる回してトスカを脅すといった演技は微笑ましいが、これが「ナイフ」の存在を観客に印象づけておくという伏線の演技だったら、立派なものと言わねばなるまい。
 またデ・レオンも第3幕で、あの残忍なスカルピアが本気で通行証を出すはずがない・・・・赦免も見せかけで、死刑執行も本物であろうことをはっきりと心得ながら、それをトスカには言いかねている絶望感を、実に巧みに演技で表現していた。

 その他脇役でも、松浦健(スポレッタ)が、スカルピアからカヴァラドッシの処刑方法を意味あり気に命じられ、心得顔にニタリと笑って出て行く演技の巧さは、印象に残る。
 トスカが城壁から身を投げた時(後ろ向きに落ちて行くのはたいしたものだ)、1人の兵士がそっと帽子をとって十字を切るという演技もいい。こういう細かい演技の積み重ねが、舞台を引き締めるのである。

 エイヴィン・グルベルグ・イェンセンの指揮はダイナミックなもののようだが、これを受ける東京フィルが、何とも音が薄い・・・・。第3幕冒頭、「星も光りぬ」に先立つ弦の演奏など、とても一流のオーケストラとは言い難い。どうしてこのオケは、オペラのピットに入るとこうなるのか。

 外ホワイエ(チケット切りカウンターの手前)に、銘菓「鶴屋𠮷信」が屋台店を出していたのにびっくり、何となく感心。新国立劇場もいよいよ歌舞伎座並みになって来た。粋でいいじゃないですか。

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