2017-03

2015・11・15(日)NISSAY OPERA 「ドン・ジョヴァンニ」

    日生劇場  2時

 演出は菅尾友。先頃の東京二期会の「エジプトのジュリオ・チェーザレ」では、かなり奇抜な演出を行なった人だ。このモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」でも、かなり趣向を凝らしている。

 全場面を通じて、舞台一杯に設置した大きな、入り組んだ階段を効果的に回転させ(美術・杉山至)、通路を繋いだり食い違いを作ったりする。登場人物たちは、その通路を乗り移ったり、くぐったり、飛び越えたりするといった具合に、頻繁に動く。
 これは、人間模様や相関関係を暗示させるものだろうし、たとえば、第2幕終り近くのアリアで、ドン・オッターヴィオがどんなに焦ってあちこち動いてもドンナ・アンナの傍へたどり着けない━━という場面などでは、非常に効果を上げるだろう。

 ただ、その他の場面では、その意味がさほど具体的に感じ取れるほどではない。騎士長の亡霊が舞台を彷徨している光景も、さほどインパクトが感じられないのが残念だ。ウィーン版から挿入した「ツェルリーナのレポレッロ拷問」の歌のあと、レポレッロが亡霊を見るシーンがあったが、それもあまり意味をなさずに終ってしまった。
 ラストシーンで、ドン・ジョヴァンニ不滅を暗示する演出は、少なからず使われる手法だが、ただしここでは、彼が再び「金」を撒き散らしながら背景の高所を風の如く駆け抜けるという仕組になっている。
 ともあれ、この菅尾友という演出家、これからもいろいろ新規なことをやってくれそうである。期待したい。

 配役と演奏は、ドン・ジョヴァンニを池内響、レポレッロを青山貴、ドンナ・アンナを宮澤直子、ドンナ・エルヴィラを柳原由香、ドン・オッターヴィオを望月哲也、騎士長を峰茂樹、ツェルリーナを鈴木江美、マゼットを金子亮平。合唱がC.ヴィレッジシンガーズ。広上淳一指揮読売日本交響楽団。

 みんな好演だったが、特にタイトル・ロールを歌った若手バリトン、池内響は、伸びの良い声と闊達な演技で、胸のすくような勢いのドン・ジョヴァンニ像を演じた。これを練達の青山貴がレポレッロ役で支えるのだが、このコンビは何か不思議な良い味がある。

 それにしても、日本人歌手も演技としてよく動き、走るようになった。男声歌手も女声歌手も、長い階段を猛烈なスピードで駆け上がり駆け下りる。池内などは階段の手すりを飛び越えたり、地獄堕ちの場面で階段を転げ落ちたりという派手わざを披露していたが、若い人は運動神経があるので、華やかでいいですね。
 だが、歌手たちの中には高い場所で、時には階段の先頭の場所、前に何も無いところで何にも掴まらずに立って歌う場合もあるのだから、高所恐怖症の人は怖かったろう。

 歌手たちの衣装(堂本教子)とメイクもそれなりに凝っていたものらしいが、遠くから見ると、何かゾンビたちが野良着みたいなのを着て動きまくっているような感がしないでもない。

 広上は、オーケストラを明快に、かつ強力に響かせ、特にドン・ジョヴァンニの地獄堕ちの場面では悪魔的に咆哮させて、このオペラが並外れて劇的な要素を持つ作品であることを浮き彫りにしていた。
 しかも、今日は歌手たちの声が消えることは、全くと言っていいほどなかった。これは舞台装置の関係で、歌手たちが高い位置で歌っていた所為もあるだろう。そもそもオペラ上演では、オーケストラがこのくらい雄弁に語らなければダメなのである。劇場の機構さえちゃんとしていれば、オケが鳴っても声は聞こえるものなのだ(先日の東京芸術劇場での例は、例外である)。

 読響もいい演奏をした。どうも当今の東京では、オペラの演奏において、このオケが一番上手いような気がする。
 終演は5時半少し過ぎ。

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