2017-10

2015・11・12(木)グスターヴォ・ヒメノ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

    東京芸術劇場コンサートホール  7時

 チャイコフスキー・プロで、最初に「ピアノ協奏曲第2番」(ソリストはユジャ・ワン)、後半に「悲愴交響曲」。

 なお、ユジャ・ワンが弾いたソロ・アンコールは、スクリャービンの「左手のための小品 作品9の1」とチャイコフスキーの「白鳥の湖」からの「4羽の白鳥の踊り」。
 オーケストラのアンコールは、シューベルトの「ロザムンデ」からのアンダンティーノの間奏曲と、チャイコフスキーの「エフゲニー・オネーギン」からの「ポロネーズ」。
 盛り沢山の演奏会で、終演は9時半になった。

 ヒメノは先頃、都響などに客演していたはずである。私は予定が合わず聞けなかったが、その演奏の噂はいろいろ耳にしていた。だがともかく、若手指揮者としての彼が、かつて打楽器奏者として在籍していた名門アムステルダムのロイヤル・コンセルトヘボウ管を指揮して、どんな音楽をつくるのか━━という興味は、大いにあった。

 今日の演奏を聴くと、とにかく若さに任せて突っ走るという指揮が良くも悪くも身上で、それをかつての同僚たちが、温かく、楽し気に支えて盛り上げている・・・・という雰囲気は感じられる。だが、それ以上のこと━━つまり彼の音楽の個性が那辺にあるのか、もう少しいろいろ聴いてみないと、私には掴み難い。

 とにかく、今日の演奏では、過去半世紀にわたりレコードで、あるいはナマで聴いて来たあのコンセルトヘボウ管弦楽団とは、信じられぬほどというか、予想通りというか、随分違った音になっていたのはたしかであろう。
 だが「ロザムンデ」の叙情的なアンダンティーノになって、何かしら昔ながらのコンセルトヘボウのしっとりした音色が聞こえて来たような気もした。そういえば、私が昔この曲に初めて出会ってうっとりさせられたのは、夜明けの霧が立ち籠める庭を眺めながら聴いていたラジオから流れて来る。ベイヌム指揮によるコンセルトヘボウ管弦楽団の、品のいい演奏だった・・・・。

 ユジャ・ワンの演奏は、相変わらず天馬空を行く勢いの、壮烈華麗なものだ。
 「1番」でなく「2番」を選んでくれたのが嬉しい。「1番」に比べて格別に優れている曲とは言えないかもしれないが、劣っているわけでもない。が、むしろ率直さと伸びやかさにおいては一日の長があるだろう。主催者も感想を漏らしていたことだが、これは本当にユジャ・ワンにぴったり、という感のある協奏曲である。

 先日気になったこのホールの空調の音、今日は正常に戻っていて、全くノイズは聞こえなかった。

 ところで、これは不愉快な話だが、毎回のように演奏開始ぎりぎりになって大きな荷物を携えて1階最前列の席に入って来る人の行動は、目に余る。
 今夜のように、オーケストラが既にテューニングを始めているにもかかわらず、悠々と当然のようにその前を歩いて席につくなどという態度は、演奏家に対する敬意を著しく欠いているだろう。
 先日のトリフォニーホールでも、メネセスがバッハを弾くために出て来てお辞儀をしているその前を横切って歩いていたが、言語道断、演奏者に対して無礼も甚だしい。猛省を促したい━━といっても、彼がこんなブログを読んでいるわけはないだろうから、ここで何を言おうと詮無いことであろう。見たところ、客席前方に知人もよくいるようだから、だれかまず知り合いの人が注意したら如何なものか。

コメント

ミューザでのこと

経験値の低い指揮者が田園と悲愴をミューザで振ると、どういう事態に陥るかは私でさえも予想がつく。敢行するからには何らかの根拠なり確信なりがあってのことだろうかと僅かな確率にすがってみたものの、それらを探し当てることはできなかったし奇跡も起きなかった。とどめを刺してくれたのはホール。ミューザはサントリーほど過保護じゃない。音楽している時は最高の味方になるけど、そうでない時は残酷な鏡になる。

兆しはいつだって金管の音の始末に顕れる。指揮台に立っているのが誰であろうと、音の出し入れを粗末に扱っていいはずがない。その自発的な制御が働かなくなった瞬間から速やかに凋落は始まり、やがて木管に波及する。木管が感染してしまったら、どんなに弦が食い止めようとしても、もう二流以下の音しか出てこない。

事情はどうあれ、このクラスのオーケストラには絶対に落としてはいけない「格」というものがあるはず。長い年月をかけて積み上げてきたであろうものを失ってしまいかねない売り方がなぜ今回為されたのか、甚だ遺憾。できるだけ早く、出直して来てほしい。その時は彼らならではの高雅な響き、真摯な語り口、美しい佇まい、慎ましい誇り高さといったものに、再び出逢うことができますように。

東条さんともあろう方が、このような形で特定できる個人を揶揄されるのはいかがなものでしょう。
寛容さを持たれるのを期待するとともに、同じコンサートゴアならば、まずはご自身からお声がけをされては如何でしょうか。

以前はそこまで悪く目立ちませんでしたが、加齢もあるのか、最近は、演奏開始直前に、最前列で平然と大きな荷物を出し入れしたり、一般的な聴衆マナーとして目についてしまうことが多いです。
あのように最前列のチケットばかり入手できるというのは、主催ホールや公演主催者となにがしかの特別な関係があるのでしょうか。それこそ、東條さんから、公演主催者やホール責任者にお尋ねいただけたらと思います。
国内オケの後援者にも名前が出ている人物と聞きますし、注意をしない方がトラブルにならないとホール側もわかった上で、大きな実害を起こすまで「放置」しているのかも知れません。

最前列視姦爺について

例の最前列女性奏者視姦エロ爺。
いつもみすぼらしい恰好で雪駄履き。テレビ収録でピアニストの左手側カメラに映ることを狙うだけでなく、東条先生が仰るように指揮者の直前に入場するなど、単に目立つための行動が目に余ります。

また新国立劇場などのオペラ公演では、最前列から双眼鏡で女性歌手を視姦する行為を常に繰り返してしています。

こうした演奏家と演奏会全体に対するあまりの非礼と破廉恥行為に、特に女性演奏家たちは気分を害しています。

オーチャードホールでは彼を出入り禁止にしていますし、N響は少なくともB定期では彼に最前列席を売らない。仕方なく4列目辺りにしょんぼりと座っています。

他のオケでも彼の締め出しを図ったものの、ヤクザ紛いに凄まれて失敗。まったく困った人物です。音楽界全体で何とか出来ないものものでしょうか。

同じグスターボでもドゥダメルより5歳年上のヒメノは、年齢的にはそろそろ若いとも言えなくなる頃です。指揮者としてのキャリアは短くても、音楽家としての経験は積んでいるはずなので、彼の目指す音楽が見えてこないのは痛いですね。少なくとも都響への客演と今回のツアーで、日本でのファン獲得の機会を逃したと言っていいでしょう。

サスペンダーおじさん

毎回気になりますね

異常行動の客について

「東条さんともあろう方が、このような形で特定できる個人を揶揄されるのはいかがなものでしょう」
東条先生がもう書かざるを得ないほどの「非常に深刻な状態」にまで来てると言う事であろう。
異常行動をする者にはその多くに「特殊原因」があり、それは本人自覚による自浄は無い。周辺(客、主催者、ホール)による働きかけによる改善によらねばならない。
ある意味、それを許している周辺のレベルが反映される(客は本人に直接言わなくても主催者に言えばいいから)。即ち、客層も窺える。
最近、実に変な客が増えたように思う。例えば、関西では毎曲立ち上がって錯乱したように意味不明な事を絶叫連呼するような者もいるとか。
ホールも主催者もそのような者に対してどうしたらいいのか困っているようだが、異常行動者に対するマニュアルのような業界の取り決めも必要ではないかと思える。未就学児よりもはるかに質たちが悪い。
音楽関連番組は、新たなファン発掘するのは良いが、マナーについてもしっかり啓発すべき。入門者っぽい中高年女性の悪いマナーも最近目立つ。
東条先生からも業界に働きかけをしていただきたい。

大きな荷物やコートは客席内へ持込まないでクロークに預けるようにと、客席案内係などが声をかけたらいいと思うのですが。大きな荷物は近隣の席の人にも迷惑になりますしね。これからの季節、コートが必需品ですが、音を吸収してしまうので客席に持ち込まないで頂きたいと思います。

このバナナオヤジ、ベルリン・ドイツ響の時は休憩時間に同じく最前列に座っていた和服美人にロビーで怒られ、汚らしくバナナを食いながらウダウダ弁解してましたよ(それ以来この人は私の中ではバナナオヤジなのです)。処置無しでしょう。相当な年令でしょうからそろそろ呼ばれる頃です。気長に待ちましょう。もちろんどうにかなるものならしたいですが完全な異常者なので説得しても無駄です。あとは出禁にする以外解決策は無いでしょう。

曇りのち晴れ

11/8日 兵庫芸文ホールで聞きました。
曲目は田園、悲愴で一曲目の田園は12弦編成で演奏としては加も無く不可も無しというところか。悲愴は16弦編成でビオラ、チェロが音楽を内声で支えていて、さすがコンセルトヘボウの音と安心した。(日本人女性奏者が数名いたようである)
ヒメノ氏の指揮ぶりは巧みでヤンソンスに少し似ている。悲愴の金管のクライマックスはスポーティによく鳴らし見事なものだった。アンコールの曲目もいい。どちらも楽しめました、団員からも聴衆からも大いに喝采されていた。
数ヶ月前に大阪フィルの定期を振ったばかり。彼を抜擢したのは才能を見込んだものだとおもいます。かって若手のハイティンクを常任にしたように期待をこめて。再度日本のオケでも聞いてみたい、

あの人まだそんなことやってるんですかあ。主催者からの圧力といっても限度はあるし。とにかくこのコメントの数がすべてを物語ってます。ベルリンフィルやウィーンフィルだってこんなにコメントつかないですし…。

「悪貨は良貨を駆逐する」でもないが

 「悪貨は良貨を駆逐する」でもないが、主催者もちゃんと管理してくれないと、まともな聴き手がホールに来なくなるのではないだろうか。それでなくても客足はどんどん減じて来てると言うのに。

 私は、大阪、兵庫、京都のホールに通う事が多いが、そこでは、どんな曲でも終われば立ち上がって(曲を吟味して聴いてないのだと考えられる)、「礼!礼!礼!」(と言ってるらしい)などと指揮者や奏者に汚い声で絶叫し、当然答礼がされると、喜ぶような奇人の常連客をよく見かける。本当にそれを見ると不愉快になり、友人の中にはその狂乱を見るの嫌さでホールに通わなくなった者もいる。私もそう言う気持ちを持つ。

 この他にも昔には見なかったような奇行をよく見かける。現代独特の闇(病み)かもしれず、お気の毒には思う。しかし、主催者は、これらの難しい問題に目を背けず、対処して欲しい。そうしないと、本当に昔から音楽が好きでホールに通って来た人達が来なくなると思う。

地方でもこの手の客人はおりますが有名でホ-ルや主催者には何度か立ち退きされてます。


街でも良く見かけますが…


最近では海外の有名楽団の凋落は耳が痛いくらいですが棒もきっちり指導出来る人材不足からと思います。

確かにあの爺さんの行動は目に余るものがありますね。
N響でもサントリーでも毎度毎度あれ。最前列であれをやれりゃあたまったもんじゃない。
ここからは私の予想ですけれど・・・・恐らくあの爺さんは最前列のチケットを持っていないのだと思う。
何処のコンサートも余程の人気が無い限り、必ず空席は出ます。
そして、その空席が自分の取った席よりも良かったら・・・・お分かりですよね??
開演直前に空いている最前列の席に座っているのでは??
どこが空いてどこが空いていないかは直前にならないとわかりませんからね!

いくら何でも、満席の公演で、毎度最前列に空席が出て、同じ人が勝手に座るとは思えません。正規の客だから、主催者も何も言えないのでしょうし。
P席に座った際、舞台の奏者側から客さんの姿がとてもよく見えることに驚きました。
少なくとも演奏の開始前や演奏中は、聴衆は目立たないよう努めたいものです。
ところで、オランダ人のお客さんは、スマホでパシャパシャ、起立時のオケを撮影して、スタッフの人に注意されていました。さすが何でも自由の国、オランダのお国柄です。

くだんのサスペンダー爺さんって、聴衆の目が自分一人に注がれ「あの人、
また来てるよ」と印象付けることに喜悦を感じる、自己顕示欲のみで生き
永らえている御仁です。私も隣席の見ず知らずのオジサンから、例の爺さん
の話題を振られたのですが、その時点で作戦大成功といったところでしょう。
ところで、演奏中、聴衆が奇声を発したり、前後左右の客と言い争いになった
ケースに遭遇した方って、いらっしゃいますか。

関西での話なんですが、フライングではないものの、立ち上がって意味不明の奇声を連呼して音楽の余韻を潰す男がおります。
男によると、演奏批判するブロガーに聞かせる為にしてるとか。全く訳が分かりません。
男の異常な振る舞いを注意した人がいましたが、その人は男に様々な嫌がらせを1年以上に渡り執拗に受けているそうです。
男は恐らく病者なのだと思われます。
直接注意すると言う事が危険な時代になりました。
それだけに、主催者やホールは、良い環境で音楽を提供する事は当然、安全にも十分配慮する必要があると思います。
ある楽団は男にそれなりの対応をしているようです。しかし、各楽団や各ホールがめいめいに対応するのは不経済。人権に配慮するのは当たり前ながら、情報交換するなどする仕組みを作って欲しいです。
異常な振る舞いによる善良な聴衆の損失は計り知れません。その事を主催者やホールはもっと考えて欲しいです。

関西の問題の人物の乱暴狼藉は度を超しているが、どうも何をしでかしても自分は無罪になると高を括っている節がある。かなり悪質な病み方をしているとも言えるが、私は彼はいわゆる病気ではなくて人格障害だと思っている。
関東の問題の人物も何度か目撃しているが、空けてあるはずの最前列の席に座ってスタッフに追い出されたという話もあるらしいことから、常に最前列の席を購入できているわけでもなさそうだ。多分毎回わざわざあんなギリギリのタイミングで入場するのは、空いている席を物色するためだろう。
何にせよ、一人の問題人物の垂れ流す害悪をホールの全員が耐え忍ばないといけない理由はない。それになりより演奏家に対して非常に失礼だ。やはり各ホール同士で情報交換して毅然とした措置を執って欲しい。そういう方向になるようにみんなで働きかけていくべきでしょうね。

後ろから見る限り、聴いている間は問題ないのではないでしょうか。さすがに、最前列で双眼鏡を取り出した姿は見たことがありません。
そうだとすると、もう少し早めに(5分前くらいに)着席すること、大きな荷物は持って来ないかクロークに預けること、頻繁に立ったり座ったりしないことの3点で問題は解消できると思います。周囲に顔見知りも多いのだから、教えてあげるべきでしょう。
個人を非難するのではなく、聴衆の一般的マナーとして論じたいと思います。

自分としては普通のつもりだったんですが、演奏後に拍手したところ右どなりの客から「拍手がうるさい、あんたの拍手は耳に響くんだよ」と言われたことがあります。迂闊に拍手もできません。

“通りすがり”さんの件。なんですかぁ、そいつは!?拍手がうるさきゃコンサートなんか来なきゃいいだろ!?私だったら黙っていません。 サントリーホールでの事、真後ろの席の客から「頭で見えない」と文句を言われてしまったため(前のめりになっていたわけではありません、身長がソコソコあるのでどうしても座高も高くなってしまう)、仕方なく腰にくるが浅く腰掛けてあげました。然し自分は演奏中、ガサガサ音を出したり、アラームを鳴らしたり、鼻をかんだりとやりたい放題でしたので終演後に3倍くらいにして返して差し上げました。何事も小さいうちに消しておくことが大事です。 関西での件、もう犯罪の域に達してますよ!狂人(禁句でしょうけど敢えて使わせていただきます)が相手なら人数集めて対応すればいいんですよ。駄目なら警察。ホール関係者は何をしているんだぁ?本腰をいれてその人物を締め出すよう謀るべき。

当初の本筋から外れていますが

拍手が耳に響く件ですが、時々、耳が痛い程デカイ音で拍手する人と隣合わせます。
柏手をパーンと打つような高い技術があって、かつ良い演奏に対しての心情の発露でしょうから、悪気もないだろうし。
そういう人と隣合わせたら、自分は拍手をやめて耳を塞ぎます。
自分が拍手しなくても、その人が二人分以上の音量でやってくれるからOKって感じ。
まあ、興奮しすぎると音がでかくなっている可能性もあるので、周りの様子を見ながら行動しましょう。

通りすがりさん、如月晶さん、拍手の音が異常に大きい方、いますよ。隣に座ってる方に手を叩かれるたびに、耳がキーンとなり半分聴力が麻痺し、目の前が真っ白、大袈裟ではなく失神しそうになったことが2度ほどあります。感動のコンサートで、なぜこのような拷問に近いことを受けなければならないのか…
必要異常に手を上げていませんか? まるで柏手を打つような大音声を響かせていませんか? 手を顔の前まで上げると、その水平線上ほんのちょっと先に隣席に座っている人の耳があるんです。耳許で破裂音を響かせるように手を叩けばどのようになるか、容易に想像できるでしょう。
そもそもこのコメント欄がここまで伸びているのは、周りに不愉快な思いをさせている行為に本人が無自覚であることに、何度も何度も我慢してきた経験が、皆さんおありになるからだと思います。そのような流れの中でコメントしておきながら、もしかして自分も、ということに思い至らないばかりか、注意していただいた方に逆ギレ風に当たる(もし私が思い切って隣の方に声を掛けていたら、私が傲慢なオヤジとして晒されていたことでしょう)思考回路に悲しい思いになりました。

許せません

 関西の黒ずくめ立席絶叫男は、その叫ぶ理由に演奏批判するブロガーに聞かせる為だとし、その立つ理由に被災地被災者の事を片時も忘れず立ち上がることを忘れてない表明運動だと主張してるそうです。???です。
 ヴィンシャーマン(大阪フィル)の感動的なマタイ受難曲が終わった途端、立って大声で叫び出した時はもう悲しく悲しくて。「許し」「愛」が曲のテーマだとしても私は絶対に許せなかった。
 知命さんが先にここで書かれた「一人の問題人物の垂れ流す害悪をホールの全員が耐え忍ばないといけない理由はない。それになりより演奏家に対して非常に失礼だ」には全く同感です。
 ホールがちゃんと対処して欲しい。

拍手の音が大きい人と隣席したことも、その原理も知っております。全身全霊で演奏した奏者に応対するために我々が出来る表現手段が拍手、ブラボーなのですから、それを「うるさい」と文句を言ってしまうというのは私は違うと思いますよ。拍手やブラボーも生演奏を聴く醍醐味であり、演奏に感動したのであれば精一杯応えるというのは人として当然の道理であると考えます。それでも耐えられないのなら文句を言う前に早めに席を立つ、隣が空いていれば移動する、耳栓を持参する等、ご自身で対策を考えるべきでしょう。コンサートで拍手を自制させられるなんて・・・こんな理不尽な話ないと思いますよ。

快適さを共有する場のはずなのですが。

件のサスペンダー氏もそうですし、サントリー最前列に時々出没する、演奏中にふんぞり返って足を組んでいる下品な成金野郎(勝手にそう呼んでいる)等、演奏会自体の雰囲気を損ねる人たちには、毎度うんざりさせられます。ただ、彼らに限らず、演奏会での残念な行為は数多くあります。余韻をぶった切るフライング拍手やブラボー、ピアニッシモの緊張感を断ち切る咳や(ビニール等の)カサカサ音に、一体どれだけ哀しい思いをさせられてきたことか。

演奏会では当然に演奏者に対する敬意と配慮が必要で、それに反する行為をする者は演奏会の聴衆として参加する資格がない。これは異論がないと思います。(したがって、サスペンダー氏や下品な成金野郎はアウト。)
とはいえ、演奏者だけに配慮すればいい訳ではなく、同じ一聴衆として、周囲の聴衆にも一定の配慮をすることも当然に求められるはず。「自分が演奏者に『素晴らしかった』と表現するために」という「自分の理屈」のために、他の聴衆の我慢を必要以上に強要することは許されないはずです。それは、奇声も(周りの我慢を超えるほどの)拍手も同じだと思います。(うるさければ席を変わるといのは被害者の自衛手段であり、他者(いわんや騒音発生者)から指示されるべきものではないでしょう。)
恐らくは、「他者に対する想像力の欠如」と「『このくらいは許されて当然』という甘え」が問題なのだと思います。自分がされたら嫌なことはやらない、自分はそれほどでなくても周りにそれを嫌がる人がいるかもしれない、そう考えた上で、大人として相応しい行動をするという、当たり前のことができない人が、毎回相応の数いるということに、いつも残念な気持ちにさせられます。
例えば、咳をしそうなら、事前に薬を飲むとか、(演奏中に袋を開ける音がしない状態で)のど飴を用意しておくとか、厚手のタオルを予め用意しておきどうしても咳が出るときには音漏れを抑制するために口を覆うとか、そもそも咳の連発が予想されるときには演奏会に行くことを諦めるとか、他人を慮る手立ては幾らでもあるはず。私は咳が不安で何度かコンサートに行くことを諦めました。自分の都合で他人の楽しみを奪う権利は私にはないので。
勿論、なんでもクレームをつけてくるキャパシティの狭い人もいるし、往々にしてそういう人は自分に対する基準だけが甘かったりします。そういう人に対しては、それが過度な要求や干渉であるとの確信を持つのであれば、私は従いません。(まあ、幸いにしてそこまでの要求をされたことはないですが。)微動だにせず全く音も出さずに座席で固まっていることを、強いることも強いられることも、真っ平御免です。

開演前の注意喚起をより具体的に、かつ、ひとりひとりにより伝わりやすくする工夫を重ねて、無意識のルール違反を抑制していくとともに、確信的な違反者に対しては、主催者やホール、そして同じ意識を持つ聴衆が、厳しい態度で臨むことが必要なのかもしれません。
よい気分になりに行くはずの場所で、あまり変な人にかかわりたくはないのですが・・・。
ごく稀に、会場全体が(演奏者も聴衆も)一体となって「音楽を共有している」感覚になれる演奏会に出会えます。その稀有な機会が少しでも増えることを切望しております。

まさか東京の最前列バナナオヤジや関西の狂人と一緒にされるとは思いませんでした(苦笑)。そう言う貴方も同じくらい乱暴ですよ。もし全ての客が拍手を抑制したらどうなるか・・・感動も何もあったものじゃない、考えるだけでオゾマシイです。これ以上議論してもきっと平行線でしょう。こうしてる間にも東条さんの日記はドンドン先へ進んでいます。一つだけ、言い方の問題もあるんですよ。人間同士なんだから“通りすがり”さんみたいな言われ方をされれば「何様だ、この野郎!」とトラブルになったとしても仕方ない。素直に聞く気なんかなくなりますよ。

こんにちは。
12日のコンサートには私も行きまして、最前列のおじいさんの奇行に驚いた1人です。
突然現れたという印象だったので、それまでどこかの席に座っていて、開演ギリギリに前にやってきた、というふうに見受けられました。
いずれにしても、驚きと共に、何が起こるのかという恐怖を感じました。
その後、パリでテロが起きましたし、奇行には、要注意の時代かもしれません。

それと、この日の咳の多さは異常でした。
絶え間無く、緩徐楽章でもお構いなしに咳が響き、演奏者の集中が切れないか、心配でたまりませんでした。
(ちなみに、20日のフェドセーエフ指揮ソリストにショパンコンクール優勝のチョソンジンのN響定期での咳も異常なくらいでした。共に、日頃、クラシックに馴染みのないお客さんが多かったのでしょう)

飴の包み紙を開ける音、カバンの中をガサゴソと探る音も、演奏中は意外と響き、集中が削がれます。

早過ぎる拍手やブラボーでも、興ざめすることがあります。

・・以上については、主催からのお願い事項として、注意書きにも書かれていることなので、
聴衆は自粛すべきでしょう。

それと、前に身を乗り出しての鑑賞は、劇場などでは注意があるので、クラシックの演奏会でも注意を促す必要がありそうですね。

しかし、拍手の音を小さく、というのは、ちょっと違うように思います。
そういう注意書きは、見たことがありません。

演奏者に対して、精一杯の敬意と感動を示す手段として、たくさんの拍手を送っています。
逆に拍手が小さいと、とても気になります。
拍手の音がうるさくて、耳をふさぐのも、どうでしょうか。
舞台にいる演奏者からは、意外と客席の様子はよく見えます。
耳を塞いでいる人が見えたら、ショックだと思います。

背が高い人が前に座っていたり(この人に罪はない)、拍手の大きな人が近くにいるということは、毎回のことではないので、諦めて受け容れるのが常識の範囲のような気がします。

ライブというのは、聴衆と演奏者の一体感が素晴らしいと思います。
私は行ったことがないのだけれど、アイドルのコンサートなどは、大騒ぎをしているようで、お行儀がよくて、一定の秩序が守られているらしい・・。
アイドルを独り占めするのではなく、同じものを好む者同士が仲良く、楽しい時間を共有するのが醍醐味なのだとか・・。

まあ、熱狂的なファンがいるわけではないクラシック業界では、拍手がうるさいという発言が出ることは案外自然なのかもしれません。
しかし、拍手をけん制することになったら、いよいよ、クラシックのライブも終わりかなと思います。

拍手は楽しくほどほどに

19日に隣の人の拍手で耳を塞ぐと投稿したものです。

コメント投稿自体初めてで、なるべく文を短くしたかったので、言わずもがなのことは省略しておりましたが、23日こんにちは。さんのコメントを何度も読み返して、自分の意図が正しく伝わっていないと判断しました。音楽以外のことで何度も投稿したくないですが、お許しを。

いわゆる盛大な拍手、大好きです。聴衆の喜びを感じるし、ホールの音響効果も相まって、素晴らしい音空間が現出した中に身をゆだねるのは実にいい気分です。
特別に素晴らしい演奏の時は、全体の拍手音量も当然上がりますが、おっ、いつもより音がでかいな、と思いはしますが、うるさく感じることはないです。

そこは問題ではない。

拍手時の過剰な破裂音が衝撃波となって至近距離で耳を直撃、手をたたくたびにその連続攻撃を食らう、このケースだけのことを言っています。
耳奥に強い痛みを感じる時点で、暴行を加えられたのと同じです。
多少の圧力は感じるが、耳が痛くなるなどということはないだろう、という向きには、真に強力な攻撃を食らっていないか、聴力の異常を疑います。
さらに問題は、強力拍手の発生者に、衝撃波を繰り出している自覚がない場合がほとんどだと想定されることです。

そこで自制です。

最初からそこそこの音量で拍手するようにしてくればありがたい。それが1000人以上の拍手になって、響の良いホールなら、それでも相当大きい音で鳴り響くはずです。抑制された拍手を過剰に心がける人が相当の割合を占めたとしても、全体の拍手がしょぼくなるとは想像もつかないし、そんな状態は望んでいない。

拍手音量に個人的にこだわってしまうには理由があります。
私自身が拍手で破裂音を繰り出す比較的高い技術を有しているのです。
以前に演奏会で一生懸命拍手したら、付近の人が仰け反りました。その時はなんだどうした、と思っただけですが、それ以前にも拍手衝撃波の軽いのを食らったことあったな、と思い起こし、自分もその発生源になりうるか、と自覚するに至りました。
以来、心は大拍手、行動は自制(ほどほどの音量)、を貫いております。それは会場全体の拍手音量に何ら影響しません。ここに相当数の自制が加わったとしても、間違いなく影響はありません。

非常識な人が増えました

事はシンプルに考えればいいのでは?――他人様に迷惑になるようなことはしない。
音楽を楽しみに来てる。つまり、心に優しい事をしてる訳です。
拍手にしても本当に“爆音”とも言うべき人がいます。音を楽しみに来てるのに、それはない。
声援にしても、本当に“奇声”とも言うべき人がいます。音を楽しみに来てるのに、それはない。例、関西で立ち上がって「礼礼礼礼礼礼っ」と白目剥いて叫ぶ小太り男性。
何でも常識があります。度が過ぎるのはダメ。他人に迷惑を掛けるような行為(例えば、爆音拍手やスタンディング奇声等)は、演奏家はぜったいに望んでないでしょう。
非常識な人が、クラシック公演に本当に増えたと思います。
プログラムにマナー注意事項が書かれてるのは情けない事ですが、そこまでしなくてはわからないような人が多いのでしょう。そんな人がいったいどのように音楽を聞けるのでしょうか?

通りすがりさんの拍手の音は異常に大きかったのかも知れないし、つむじさんの聴覚が異常に繊細なのかも知れない。そこは正直分からないところだが、どちらの方も相手の状況・立場を考えずに安易に否定しすぎではないだろうか。

中高年女性達は演奏開始までお喋りに夢中で、館内アナウンスを聞いてない。日フィルのようにプログラムにマナーがしっかり書かれていても、読まない人は読まない。
箸の上げ下げまで言わせんなと言いたいが、マナーを守らせないと被害を被るのはこちら側。
そういえば、三鷹の芸術文化センターには、軽妙な語り口でマナーをアナウンスする係員がいた。かなり細々した注意事項をあげていたが、結構ウケていた。大ホールに通用する技か否かは即断できないが、参考にはなる。
手っ取り早く、題名のない音楽会あたりでマナー特集でもやって貰えないものか。いやいや、林修、マツコDの番組なら視聴者獲得が期待できるか?
これまでのやり方だけでは解決は無理。関係者の真剣な取り組みを望む。

音楽よりも自分の方が優先と考えてる人が多くなったんですよ。音楽や演奏者に敬意と謝意をもっていれば、自分の満足を優先するような行為や発言なんかできないはず。演奏会はそれほど遠くない時期に一部の傲慢な人々によって崩壊するかも。

雪駄を履いた当該人物の事。

サントリーホールで終演後に1階トイレへ行った際に、ある光景を目にして驚きました。
手を洗った後に使用するペーパータオルホルダーの補充用の蓋を開け、ペーパーを鷲掴みにし自分のバッグ(例の大きな荷物)へ次々と入れているではないですか‼
呆れるのを通り越して気味が悪くなり、トイレを出た後にホールスタッフに知らせましたがその後どうなったのか...
例の大きな荷物の中身はそういった盗品だらけ??

話が少し逸れますが、トイレのペーパータオルと言えば2枚3枚更にそれ以上と無駄に使う人が多いのも目に付きます。
あまりに目に余る枚数に注意をすると“いいじゃないですかっ”と逆ギレをされる始末で...
また遠い過去に物不足で苦労をした経験をお持ちであろう年代にも見受けられるのには哀しい気持ちになります。
手触りが柔らかくダブル構造のサントリーホールのペーパータオルであれば、1枚で十分快適に手が拭けるというのに。
トイレでのマナーも、いろいろなマナーに繋がるのでは?

ペーパータオルの件

きちんと拭き取るには最低2枚必要です。原因の一つは、先に手を洗ってから濡れた手でペーパータオルを取ろうとする人が多いこと。これだと千切れたりして2枚3枚と無駄に使うことになる。見た目も汚くなり次に使う人が不快な思いをすることになる。私は先に取ってポケットに入れてから手を洗うようにしています。

折角のこれだけの意見蓄積が、「ペーパータオルは最低2枚」などという誠にどうでもよい話で打ち止めになるのは如何なものかと思うので、多少食傷気味ではあるが、蛇足を承知で書く。
トイレの件では、「目に余るほどの枚数」使用という非常識行為、未使用紙の窃取と思しき犯罪行為が行われているとの指摘。要は、ホール内は音だけでなく非常識でも満ちているということ。
こういう話になると、マナー違反者を病者を扱いして済ませがちだが、それでは単なる思考停止。勿論、関西の奇声などはかなり怪しそうだが、とはいえ、非常識行為の多くは「普通の人」が行っているのではないか?
まずは初心者の啓発。場のマナーに違反していないか気になる初心者も多かろう。うまく伝えれば素直に聞くかもしれない。
厄介なのは、自分は場数を踏んでいると思っている輩。自分本位でプライドが高い連中が他人の意見に謙虚に耳を傾けるだろうか?爆音拍手を巡るコメント欄のやりとりを見れば悲観せざるを得ない。(なにせ、先生のブログは先に進んでいるなどと捨て台詞を残して退却しておきながら、またしれっと戻ってこられたりする人もいるのだから、呆れる。)
どんな人にも(勿論わたしにも)非常識行為をしてしまう可能性はある。自分は絶対に正しいと思う奴ら、他人を慮ることなどできない連中は、自宅でCDでも聞きながら存分に爆音拍手すればよい。ただし、くれぐれも近所迷惑にならないように。それも常識です。

確かに折角の貴重な意見蓄積が他人に対する悪口雑言の羅列で締め括られるのは何とも情けない。その文章を読む限り(言葉遣い一つとってみても)とても他人の意見に謙虚に耳を傾けている人が書いているとは思えない。確かに私はプライドが高いと自認しているが率直に意見しているだけで自分の考えが全て正しいなどと思ってはいない。他人を罵るのもいいが、ご自分も似たような性分だということは肝に銘じておくことだ。“出る杭は打たれる”式のコミュニケーション機能だけでは“互いに(聴き)聞き合う”西洋音楽の本質は理解出来ないだろう。

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