2017-07

2015・11・2(月)大野和士指揮東京都交響楽団

    サントリーホール  7時

 B定期で、指揮は音楽監督・大野和士。
 ラヴェルの「スペイン狂詩曲」に始まり、ワディム・レーピンを迎えてプロコフィエフの「ヴァイオリン協奏曲第2番」が演奏され、休憩後には、細川俊夫が都響創立50周年記念委嘱作品として書いた「嵐のあとに」が2人のソプラノ(スザンヌ・エルマーク、イルゼ・エーレンス)をソリストに世界初演され、最後にドビュッシーの「海」が演奏されるというプログラム。

 コンサートマスターも、「スペイン狂詩曲」と「海」では四方恭子が(トップサイドに矢部達哉)、協奏曲と「嵐のあとに」では山本友重が務めるという、すこぶる賑やかな定期だった。
 都響は今月半ばに欧州演奏旅行を控えているし、この演奏会のあとには創立50周年記念のパーティも行なわれ、帰りがけには分厚い「都響50年史」も配布されたほどだから、今年の大イベントだったといってもよかったであろう。

 大野和士と都響━━今日の演奏は、今年4月の就任記念定期における演奏の時よりも、肩の力を抜いた、豊かな拡がりを感じさせるものだった。
 特に「海」は、この数年来、目覚ましく豊麗となった都響の音色を象徴したものであったろう。それはフランス音楽ゆえの音色かもしれないが、すこぶる美しい。大野音楽監督が就任発表記者会見で示した「広角打法」の成功例のひとつと言えようか。「風と海との対話」終結でのシンフォニックな昂揚は、大野と都響との今後の音楽活動を予測させるかのようでさえあった。
 レーピンを迎えたプロコフィエフの協奏曲も、ソロとともに、これまた鮮やかな演奏だった。

 細川の新作「嵐のあとに」は、彼の管弦楽作品の中では比較的珍しい、鋭い荒々しさが前面に出た曲だ。特に前半の部分では、「ヒロシマ・声なき声」でのそれを思わせる金管の咆哮が印象的である。
 私などは、彼の「海からの風」や「回帰」、「空の風景」、「星のない夜」、「旅人」、あるいは不気味な起伏が繰り返される「循環する海」などでのような夢幻的な作風が好きなのだが、━━しかし、「東日本大震災以降、私の音楽は根本的な変貌を遂げようとしている」(プログラム冊子掲載の作曲者のコメント)ということであり、かつてはあれほど美しく描かれていた風や海や自然全体が、すでに姿を変えて立ち現れて来ていることが、その音楽から解る。

 だが、希望は捨てられていない。荒々しい嵐のあとには、2人のソプラノがヘルマン・ヘッセの詩「嵐のあとの花」を歌い、「嵐を体験した花が少しずつ静かな光の世界を取り戻すさまが描かれる」(作曲者)ということになる。以前の「月夜の蓮」における静かな開花よりは、女声が入っているだけあって、もう少し違ったイメージになる。
 彼の作風の「変貌」なるものが、今後どんな作品を生み出して行くのか? 来年早々、ハンブルクで初演される最新作オペラ「静かなる海」もいっそう楽しみである。

 ━━それにしても、その「嵐のあとに」のあとにドビュッシーの「海」が・・・・「波の戯れ」や「風と海との対話」といった音楽が、劇的に、かつ美しく演奏されたのだから、皮肉というか、あるいはプログラミングの妙というか。
     別稿 モーストリー・クラシック新年号 公演Reviews

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