2017-09

2015・10・27(火)トゥガン・ソヒエフ指揮ベルリン・ドイツ交響楽団

      東京文化会館大ホール  7時

 都民劇場の公演。ベートーヴェン・プロで、「エグモント」序曲と、交響曲の「第7番」と「第3番《英雄》」。
 7番と3番を一緒にやるコンサートというのは、あまりないのではないか。

 ところが今日の「序曲」と「7番」の演奏は、不思議なことに、表情がほとんど無い、無機的な演奏に終始した。私のご贔屓指揮者たるソヒエフとは思えないような指揮で━━もしや彼はドイツの交響曲を、ドイツのオケ相手に指揮する時にはこんな風に遠慮してしまうのか、と失望。オーケストラも何となく冴えず、木管にも不安定さが聞かれる。こんなものではなかったはず、と、すっかり落胆してしまったのが第1部。

 だが休憩後の「英雄」では一転して、ソヒエフらしい鋭敏な感性が噴き出して来た。特にテンポを動かしたり、誇張してみせたりするわけではないが、内声部が精緻な織物のように明晰に交錯して、ベートーヴェンの精妙な管弦楽法が見事に浮き彫りにされ、実に多彩な音が響き渡る。スコアに指定されたデュナミークの鋭い対比、ベートーヴェン特有のアクセントの強い音楽が忠実に再現され、ギザギザした緊張感を生み出す。
 これほど面白い「第3交響曲」の演奏を聴いたのは久しぶりのような気がする。ソヒエフとベルリン・ドイツ響の、端倪すべからざる実力を垣間見た感だ。

 アンコールで演奏したモーツァルトの「フィガロの結婚」序曲もその流れの中にあり、流麗さを排して、このドラマの革命的な性格を強調して描くような演奏になっていた。これがソヒエフの真骨頂だろう。彼らの演奏は、あと2回聴くことになっているが、期待感が沸いて来る。

コメント

コンマスの違い

私は1階前方の中央で聴きました。
内声と低弦がしっかりとした堅固なアンサンブルに、如何にもドイツのオケを堪能した気分を感じました。

しかし前半と後半での先生の印象の違いは、私も強く感じました。しかしその原因にコンマスの違いもかなり大きく絡んでいるとも考えられるのです。前半は東洋人風(中国系?)の長身のコンマス。その音色は毛羽立つような耳障りなもので、しかも音量も一人だけ際立って大きい。他のオケ奏者が引いてしまっているのが分かるほど浮いていたのでした。

後半はコンマスが交代。前半とは打って変わったような一体感が全曲を支えていて、見事でした。あの後半(英雄とフィガロ)がこのオケの本来の姿であり、フィリッチャイや若きマゼールが振る録音で聴いていた伝統がソヒエフの許で蘇ったのだと得心した次第です。

コンマスと云うオケの顔が変われば、演奏も変わる好例を視た気がしています。今日のサントリー公演のコンマスがどういう布陣になるのか、1階中央で聴く予定の私は、たいへん気になります。

そもそも3番と7番を一晩でやってしまうことが無茶ではないでしょうか?おそらくは主催あたりから無理な要望をされたのでしょう。いくらプロとはいえ普通なら完全燃焼で燃え尽きてもおかしくない7番の後に更に大曲を演奏しなければならないなら体力温存のために自然と抑制してしまうのが人間ではないでしょうか?これはメインを二つ並べたコンサートではよくある現象で、こんな無理なプログラムを難なくこなせるとしたらベルリン・フィルかアメリカの一部のオーケストラぐらいでしょう。コンマス一人が浮いてしまったのは盛り上げるために必要以上に頑張りすぎてしまったからでは?(このアジア系コンマス、11/3サントリーホールでは全く問題なし、どころかブラ1では艶っぽい見事なソロを聴かせた)交替するなら手を抜く必要はないですしね。コンマスのせいでは断じてないと思います。聴いていない私には語る資格は無いかもしれませんが一応言っておきたい。

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