2017-06

2015・10・3(土)高関健指揮東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団

       東京オペラシティ コンサートホール  2時

 伊藤恵をソリストに迎えての、モーツァルトの「ピアノ協奏曲第24番」。後半にショスタコーヴィチの「交響曲第10番」。コンサートマスターは戸澤哲夫。
 常任指揮者・高関健の指揮でシティ・フィルを聴いたのは、今春の「わが祖国」以来だが、今回も非常な大熱演だった。

 協奏曲では、冒頭からオーケストラが厚みのある音でたっぷりと響きはじめ、高関のモーツァルトへのアプローチのスタイルを明確に語る。伊藤恵のソロも、先日のペライアとは全く異なるタイプの、清冽でしかも温かいモーツァルト像を描く。

 後半のショスタコーヴィチの「10番」も、第1楽章での明晰な低弦の蠢きが醸し出す不安感、第2楽章以降の嵐のごとき激情など、なかなかの演奏が聴かれた。ただこちらは、オーケストラのアンサンブルも少し粗く、それがショスタコーヴィチの魔性のような音楽を再現するには一種のもどかしさを感じさせる。最強奏の音色にも、もっと美しさが欲しい・・・・とは先月の定期でも感じたことだが、まあこれは、今後を待つことにしよう。

 客の入りは、前月の定期よりは、かなり良くなっていた。拍手や歓呼も盛んだったし、聴衆の高関健への支持も高いようである。
 それでもやはりオケとしては、もう少し定期会員を増やしたいところであろう。PRの作戦をもっと練り、かつ演奏水準を向上させれば、それは決して不可能ではあるまい。あの日本フィルがラザレフの猛特訓により変貌し、今や定期の2日間の客席が埋まって来ているという例もある。

 演奏水準の面では、かつて群響の実力を飛躍的に高めた高関健のこと、数年かかってもそれを可能にしてくれるのではないか。
 ただし、日本フィルの場合には、以前から楽員たち自身が聴衆との交流に熱心だったので、それが演奏水準向上との相乗効果となって実を結んで行ったとも言えるのだが・・・・その点、シティ・フィルの方は、楽員の舞台外での聴衆へのアピール活動は未だ見えて来ない。

コメント

高関さんは大阪センチュリー響の音楽監督時代よく聴きました。その知的なアプローチとプログラミングがユニークでした。ベルクやチャールズ。アイヴィスを組合すなどもしていたり。
15年前のショスタコ10番は群馬響のウイーン音楽祭への事前演奏会(ザシンフォニーホール)で2楽章で30センチジャンプするという熱演でした。
かと思うとベートーヴェン第九の終楽章フォル,ゴットのフェルマーターを伸ばさず音価のままあっさりと演奏したのが記憶に残っている〔私は合唱に参加)
東京のオケは戦国のようですが高関/シティフィルの今後に期待します。

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