2017-09

2015・9・24(木)オリヴァー・ナッセン指揮東京都交響楽団定期A

     東京文化会館大ホール  7時

 巨体のオリヴァー・ナッセン、未だ63歳と若いが、杖をついて舞台に出入りする。その杖を指揮台の背もたれの枠に引っ掛け、その位置を指差し確認してからおもむろに指揮台へどっしりと上る様子が、痛々しいけれども、若干のユーモアを感じさせる。演奏が終って指揮台から降りる時には、左腕を背後に廻し、見当で杖を手に取るという段取りゆえの指差し確認のようだ。

 今日のプログラムは、ミャスコフスキーの「交響曲第10番」、自作の「ヴァイオリン協奏曲 作品30」、ムソルグスキー~ストコフスキー編曲の「展覧会の絵」。

 「展覧会の絵」のストコフスキー編曲版は、先頃山田和樹も日本フィルを指揮して演奏した。ラヴェルのそれとは違う意味での管弦楽法の面白さを感じさせる版である。「バーバ・ヤガーの小屋」で8本のホルンがいっせいに咆哮するあたりは迫力満点だし、ストコフスキー得意のオルガンのような響きが各所に現われるのも楽しい。

 ストコフスキー自身が指揮したディスクを聴くと、本当に豪華壮麗で、ホルンの凶暴な怒号も物凄く、時には怪奇な味をも湛えた見事な編曲だということが判る。
 だが、今日のナッセンの指揮による演奏は、どちらかというと重く暗く、時に渋く、壮麗さの代りにくすんだ表情が注入されたものだった。作曲家でもあるナッセンの感覚が導入されたのだろうか。特に、あのオルガンのような音色が、もっと再現されていてもよかったように思う。

 ちなみに、フィラデルフィア管のライブラリーには、ストコフスキーが編曲した作品の楽譜が山のように保管されている━━と、音楽監督だった時代のサヴァリッシュから聞かされたことがある。これまで聴いたものはどれもアクが強いオーケストレーションで、ややもたれる感があるけれども、それでもやはり聴いてみたい気がする。

 第1部で演奏されたミャスコフスキーの交響曲は、サンクトペテルブルクに建つピョートル大帝の銅像と、それを呪う貧しい青年エフゲニーとを扱ったプーシキンの「青銅の騎士」を題材にした、17~18分ほどの作品。出だしはさながら怪獣映画の音楽の如き趣で、何となく凄味のあるオーケストレーションの曲だ。
 私の好みからするとあまり面白い曲ではないが、こんな交響曲をナマで聴ける機会はなかなか無いし、私にはこれが最初で最後だろうと思い、熱心に聴いた。都響(コンサートマスターは四方恭子)の演奏も、曲の途中から突然熱気があふれはじめた。
 なおこの交響曲も、アメリカ初演はストコフスキーとフィラデルフィア管だった由。このあたりに関連をもたせたプログラミングも実に巧い。

 もう1曲、ナッセン自作の「ヴァイオリン協奏曲」は、20分ほどの長さで、ヴァイオリンの超絶的な動きが特徴的である。ゲスト・ソリストのリーラ・ジョセフォヴィッツの激しい演奏が聴衆を沸かせる。彼女がアンコールで弾いたスケルツァンドな小品は、サロネンの「学ばざる笑い」という曲だそうだが、これもぴたりと嵌った選曲。

コメント

こういったプログラムの日は聴きのがすわけにはいきません。
ミャスコフスキー10番: スターリン時代にこんな曲を書いていたら、恐らくシベリア送りになったのではないでしょうか。
ナッセンV協: 一聴するにベルク、リンドベルイ、デュティユーあたりの影響が顕著でオリジナリティに欠ける感じですが、曲自体は良く書けているので、大変楽しめました。ジョセフォヴィッツのスポーティなバイオリンが見事!

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