2017-08

2015・7・6(月)下野竜也指揮九州交響楽団「平和への祈り」

    アクロス福岡シンフォニーホール  7時

 第1部に三善晃の「夏の散乱」「焉歌・波摘み」およびバッハ~レーガーの「おお人よ、汝の大いなる罪を嘆け」が切れ目なしに演奏され、第2部にシュニトケのオラトリオ「長崎」が演奏された。
 「長崎」での協演は池田香織(アルト)と九響合唱団。コンサートマスターは扇谷泰朋(ソロコンサートマスター。当初予定されていた首席客演コンマスの近藤薫の急病のため、ぎりぎり直前に引き受けたという)。

 第2次大戦末期の悲劇に縁のある作品を組み合わせるのは、アイディアに富むプログラミングで、下野竜也と九響の意欲的な姿勢を示すものだ。といっても、東京のオケさえ定期ではやらないであろうこの選曲は、やはり客の入りには影響するようである・・・・しかし、熱心な聴き手には、言い尽くせぬ感動を与えたであろう。演奏後の拍手がそれを物語っていた。

 三善晃の「夏の散乱」(1995年作曲)は、広島・長崎への原爆投下と「空襲」とのイメージを持つ作品である。
 また「焉歌・波摘み」は、有名な「対馬丸事件」━━1944年8月22日、沖縄から長崎へ向かう途中で米軍潜水艦に撃沈された「対馬丸」のことで、沖縄からの疎開児童775名(乗船していた児童の実に95%)を含む1476名が海に沈められた、あの痛ましい悲劇を題材にしている。

 ともに激烈な曲想を持った、聴く者に極度の重圧を感じさせる作品だ。特に後者で、阿鼻叫喚の曲想の間に見え隠れする「子守歌」の旋律━━「坊やは良い子だ、寝んねしな」のフシなど━━は、どうしようもないほど胸を締めつけて来る。家族を切り裂く戦争の無慈悲さを痛切に訴える音楽である。

 今夜のプログラムでは、この2曲が続けて演奏され、そのあとに続けてバッハの祈りのコラールが、これまた静かに、しかも痛切に響きはじめたのだが、この選曲は下野竜也のアイディアだろうか? 実に見事に考え抜かれた、卓越した構成というべきだろう。

 この前半の音楽の流れがあまりに圧倒的で、気分的にも打ちのめされたため、シュニトケの「長崎」が始まった時には、開始部の旋律からして、ある意味でえらく「俗っぽい」ものに聞こえてしまい、自分でもどうしようもなかった。
 それに歌詞も━━「長崎よ 悲しみ深き町よ・・・・原爆による廃墟の町よ」(第1曲)はともなく、「太陽は・・・・力強く呼びかける・・・・その呼びかけは人々を労働へ奮い立たせ・・・・」(第2曲)、あるいは「肩を組み 隊列を組んで・・・・平和と労働を守るため立ち上がろう」(第5曲)というあたり、いかにも当時の「モスクワ放送」や「ソ同盟」の思潮を物語るようで、苦笑させられる。ほかならぬ自分が世代的に体験した「うたごえ運動」まで思い出してしまうというわけである(田辺佐保子訳の歌詞より自由に引用)。

 ただ、そうはいっても、原爆の悲劇を克服し、「明日に希望を持つ」歌詞内容と曲想で結ばれるこのオラトリオを貶める気は毛頭ない。救いと受け取るか、悲劇を抉り出す徹底さを欠いたとみるかは一概に言い難いが、いかに「ソ連」くささがあろうとも、当時その国で生きていたシュニトケが、学生なりの信条や主張をこめて持っていたことには間違いなかろう。

 2009年11月にロジェストヴェンスキーが読響を指揮して日本初演したのを聴いた時には、あまり印象に残らなかったが、今夜は下野竜也と九響、合唱団、池田香織の真摯な演奏のおかげで、その良いところを認識することができた。ただし、いろいろなことも考えさせられた、というのが正直なところである。

 それにしても、プログラムの目玉だったはずのシュニトケの曲より、組み合わされた三善晃とバッハの作品の方が遥かに「大きく」感じられたというのは、演奏会としては何とも皮肉な結果で、・・・・「庇を貸して母屋を奪られた」の類か。

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アクロス会場でお見かけしました。

東條さんと当日の会場ですれ違い、お見かけしました。福岡の遠方までご苦労様です。
私、出身が長崎ですので是非、長崎あるいはリンカーンセンターなどでも上演して欲しいものです。ニューヨーク、アメリカの市民達はこの原爆の惨劇を知らない無関心で忘れている人が増えていると思います。日本も同様でしょうか?シュニトケの1曲目の「ナガサキ、ナガサキ」が繰り返される場面は吐き気を催しました。来月、長崎オペラ協会が新国立で原爆に纏わるオペラ「いのち」を引っ越し公演するようで、友人が数人出演します。成功を祈ります。

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先日は九州交響楽団定期演奏会にご来場頂き、ブログににも取り上げて頂きありがとうございました。一定期会員としてお礼申し上げます。
三善作品は下野さんは4部作全部演奏したかったそうですが、いろいろな事情で2曲とバッハとなったと九響の中野さんが仰っていました。しかし、構成、演奏とも素晴らしい出来だったと思います。それに引き替え、シュニトケの「長崎」は決して演奏が悪いわけではないのですが、陳腐な歌詞と映画音楽のような曲調に辟易してしまいました。しかし、そんなことも実演に接してみないと分からないことで、このプログラムを取り上げてくれた九響関係者の方々に感謝したいです。お客の入りは想像していたよりもはるかに入っていたと思います。福岡の音楽愛好家も捨てたものではないです。
今後も日本中に発信できるような今回のようなプロを年1回でもいいから取り上げてくれる事を期待したいです。

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