2008-07

5・20(日)ワーグナー:歌劇「タンホイザー」

ザクセン州立歌劇場(ドレスデン国立歌劇場)

 パリからミュンヘンを経て、昼頃ドレスデンに入る。秋にドレスデン・オペラが日本に持ってくるコンヴィチュニー演出のプロダクションを、何とか現地で先に観ておきたかった。

 指揮はクリストフ・プリックという人。あまり要領の良くない、面白くない音楽をする指揮者だったが、オーケストラをあれだけバランスよく、しかも豊かな音を保って鳴らしていたからには、やはり力量があるのだろう。ここのオーケストラは指揮者がだれだろうと味のある音楽を演奏できるというのは先刻承知だが、しかし3月の「シュトラウス・ターゲ」の時には、結構うるさい音になっていた時もあったのである。
 それにしてもなんというオーケストラの美しさと雄弁さ、和音の響きの陶酔的な美しさと温かさであろう。シュターツカペレ・ドレスデンをいまなお世界一のオーケストラと呼ぶ人が多いのは、決して故なきことではない。

 ドレスデン・オペラが「タンホイザー」を「ドレスデン版」でなく「パリ版」で上演するなどということになったら、ちょっとしたユーモアだろうな、と思って観始めたら、何と本当に「パリ版」だった。第2幕、第3幕も同様である。ただし第2幕では、「ドレスデン版」にしかないワルターの歌が復活されていた(これはおそらく演出上の要求によるものではないかと思う)。つまり「パリ版」基本、一部「ドレスデン版」使用、というところだ。

 演出はペーター・コンヴィチュニーだが、1997年プレミエのプロダクションであるせいか、まだ音楽を重要視しているタイプのように見える。ガタガタしている部分も少なくないが、本人が現場にいないためもあるだろう。
 「バッカナール」の部分は、「パルジファル」の「花園の場」の先取りのような形だ。従ってタンホイザーはパルジファルに成りそこなった男、ということになるか。
 羊飼いは、羽を生やした天使。
 歌手たちはタンホイザーが帰還したことを実に単純に素直に喜び、踊り出すほどで、このあたりなぜかコミカルだ。ふつうなら台本にあるとおり、ヴォルフラムを除く全員がタンホイザーに敵意を示す演出が採られるものだが、今回のこれはめずらしい解釈だ。彼らは第2幕でも領主から救済策を告げられるとすぐにそれに同調し、積極的にタンホイザーを激励するのである。

 この演出で特筆すべきは、ヴォルフラムが並み外れて重要な存在になっていることだ。彼とタンホイザーとエリーザベトは、ほどんど三角関係を示すといってもいいだろう。
 ヴォルフラムは、第1幕でエリーザベトのことを語る時に、すでに内心の感情を見苦しいほどに外に表してしまう。そして第3幕では、エリーザベトを抱きかかえ、その死を看取りながら「夕星の歌」を歌うのである。ここはかなり衝撃的な場面だが、原台本と抵触はしていないし、音楽を少しも邪魔していないので、なかなかに感動的だ。
 第2幕最初のエリーザベトとタンホイザーの二重唱の中に、一般の上演ではカットされることの多いヴォルフラムの落胆のことば「これで私の希望は消え去った!」を復活させているのも、こうした人物設定の中では実に当を得たことに違いない。
 ただ、こうした「人の良い」ヴォルフラムの性格設定には、ワーグナーが彼に求めている「高貴さ」よりも、人間的な苦悩が浮き彫りにされることになる。したがって、かなり優柔不断な、なさけない男に見えてしまうことも事実だろう。

 第2幕の「歌合戦」は、むしろ賑やかなパーティだ。歌手が歌う時、周囲の女性たちが手を彼に向かって高くかざして支持を表明するのが美しいが、この辺りはレジー・テアター系演出家と思えないほどの優しさである。群衆の演技は非常に微細に、隅々まで行き渡っている。
 第3幕では、ヴェーヌスはボトル片手にグデングデンに泥酔して出現(このあたり、「魔笛」の夜の女王を思い出させる)、最後には彼女がエリーザベトの亡骸を抱き、タンホイザーと3人で舞台中央に動かなくなる。このとき、ヴォルフラムは独り後景に去って行く。もしかしたら、今度は彼自身がローマへ巡礼の旅に出るのかもしれない。
 大詰の合唱とともに背景の空がブルーに染まって行くのはすこぶるロマンティックで感動的だが、そこへ突然、下手舞台上方に巨大なヒマワリの花がドカンと出現する。これは何ともいただけない光景で、観客にも失笑が起こるし、折角の感動的なドラマも画竜点睛を欠くことおびただしい。コンヴィチュニーには、ときどきこのように最後で逃げを打つくせがある。このヒマワリを、日本での上演でもやるのかしら? できれば、カットして欲しいな。

 ヴェーヌスはガブリエーレ・シュナウト、声は勿論充分だが、演技の上での動きの鈍さが少し問題だ。エリーザベトのアンネ・シュヴァンネヴィルムスは清純な雰囲気であり、恋人に裏切られて次第に成長していくあたりの演技と歌唱にはいいものがあった。ヴォルフラムはマーカス・バッター、領主はラインハルト・ドルン。

 なお、第2幕後半の大アンサンブルでは、タンホイザーのパートはほぼノーカットで歌われていたが、合唱の一部は省略されて、彼のパートを浮き出させるようにしてある。しかしジョン・フレデリック・ウェストの化物のような声量を以てすれば、その必要は全くないように思えた。全体としてほぼノーカットで演奏されているのは喜ばしい。

 総じて、この作品に新しいものを見出だせるには充分の上演であったといえよう。これで、疲れも吹き飛んだ。

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