2017-10

2015.6.22(月)井上道義指揮オーケストラ・アンサンブル金沢

     石川県立音楽堂コンサートホール  7時

 先ごろ開通した北陸新幹線は、石川県立音楽堂のすぐ隣に到着する。ホールは、JR金沢駅にほぼ隣接して建っているのである。
 「かがやき」で約2時間半。東京から聴きに行く者にとっては、実にありがたい。以前のように、空港からバスやタクシーで延々と時間をかける必要もなくなった。金沢駅もすっかりきれいに整備されていた。
 ただ、駅構内の案内表示には、不親切な部分がないでもない。「県立音楽堂はこっち」くらいの案内は、出してくれてもいいではないか、と思う。

 この壮麗なホールを訪れるのは、4年ぶりだ。実に響きのいいホールである。
 今夜は1階席15列目の右端近くに座ったが、オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)の音はたっぷりと美しく響き、小編成であることすら意識させなかった。「OEKの音」は、このホールを基盤として創られていることが、改めて納得できる。だれかが「石川県立音楽堂で聴くOEKには、独特のものがあるよ」と言っていたが、至言であろう。

 聴いたのは、OEKの6月定期、フィルハーモニー・シリーズ。ロッシーニの「チェネレントラ」序曲、シューマンの「ヴァイオリン協奏曲」(ソリストは五嶋みどり)、ブラームスの「交響曲第2番」というプログラムだ。コンサートマスターはサイモン・ブランディス。

 病から回復したあとの井上道義の指揮には、何かしら重みと深みがいっそう増したように感じられる。
 ブラームスの「第2交響曲」では、第1楽章からしてかなりゆっくりしたテンポで開始されたが、その密度の濃い演奏には、昔の井上にはなかったような温かい情感さえ感じられた。特に第2楽章は極めて心のこもった、滋味豊かな演奏で、これは最近聴いた内外の指揮者とオーケストラによる演奏の中でも、出色の出来ではなかったかと思う。
 第3楽章も温かく、優しい。

 これらを受けるなら、第4楽章はもっと闊達であってもいいと思ったのだが、意外に音楽の勢いに滞りがあり、音の力感も薄いように感じられたのは、オーケストラの小編成のゆえか、あるいは練習不足でもあったか? 
 だがコーダには昂揚感があり、あくまで音楽の形を崩さずに盛り上げる井上のねらいは成功していただろう。管の一部には乱れが出た個所もあったけれども、第3楽章までの演奏の良さで、このブラームスは、すべて好し━━ということに。

 もうひとつ、圧倒的な印象を得たのは、五嶋みどりをソリストに迎えたシューマンの協奏曲だった。滅多にナマで聴く機会がない曲だが、その憂鬱な美しさには素晴らしいものがある。
 第1楽章の遅いテンポにも驚いたが、第2楽章はさらに遅く、沈潜したテンポで、何か作曲者の異常な精神状態を再現するような、鬼気迫るような没入といったものが聴き取れたのだった。この遅いテンポを微細に精妙に流動させながら、緊張感を完全に保ったまま最後まで押し切る五嶋みどりの集中力は、何とも物凄く、卓越していた。それを支えて音楽の憂鬱さをじっくりと再現して行った井上とOEKの演奏にも、賛辞を贈りたい。

 冒頭のロッシーニは(前述の席で聴いた範囲では)予想外に分厚い、シンフォニックな響きの演奏。ドイツ・ロマン派の重厚な2作に対してちょっと異質なプログラミングではないかな、と思っていた私も、そのロッシーニがそういう演奏をされたことをあとから振り返ってみて、なるほどあの序曲は、たしかにあとの2曲への、ある意味での「導入的存在」━━というよりは「予告」でもあったのか、と勝手に何となく納得してしまった次第。

 というわけでこれは、北陸新幹線に乗って遠路遥々聴きに行った甲斐のあるコンサートだった。彼らはこのプログラムで、23日に長野、24日に新潟、と巡演する予定と聞く。それらの演奏がどうなるか、見届けたいような思いになる。
     ⇒別稿 音楽の友8月号 演奏会評

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